脳のはなし

仕事が手を離れたのでゆっくりした。
届いたままになっていた「明日の友」早春号を読んでみる。
脳は100歳でも進化するそうだ。
人と会うために外出したり、趣味をもつことが脳を活性化することは聞いていたが、使えば使うほど「育つ」臓器だということは知らなかった。育つなら、育てるかいもあるという感じがする。
おもしろかったところをちょっと書いておく。

「脳内では、胎児の頃から持っている潜在能力細胞が、80歳、90歳になっても働く準備をしている。確かに脳はほかの臓器と同様、老化するが、年老いても使われていない部分、年を重ねなければ使いこなせない部分があり、使われるときを、今か、今かと待っている」
「あきらめてしまったり、希望を捨ててしまったりすると、潜在能力細胞が成長する機会をもらえず、脳の衰えにつながる。脳は成長しなければ衰える方向に向かう臓器。しかし、衰えたところも鍛えれば、各脳番地の相乗効果で、どんどん脳の機能は高まる」
「社会で脳力を発揮し、さらに向上するために、脳はある分野に特化して、より個性的になる。年をとって理解力が落ちる原因のほとんどは、その人が『知りたいことを中心に知る生き方』を続けてきたためだ。知ろうとしなかった分野や関わらなかったことには、人の脳はまるで活動しない」


そうか!と膝を打ちたい気分になった。私は数字が苦手で、科学的な記事はちらと見ただけで逃げるように避けてきたけれど、それがそもそも、科学的なものの見方ができない要因のひとつだったのか。

60代は脳環境の見直しの時期、といい、こう続いていた。

「脳環境とは、その人の脳に情報をもたらす要因である。仕事、家族や友人、趣味や将来の目標に関わること、日常の過し方など、その内容や比重は人によって異なる。これらの項目を整理して、今までのつきあいや流れで、仕方なくやってきたことを減らし、逆に、情報や関わり方を増やしたいことに時間の比重を置いてみよう」

人づきあいなど、面倒だからといってまるっきりすっぱり切れるものでもないけれど、それだって自分がそうしていると意識しているだけでずいぶん違うんじゃないか。相手や環境のせいにしていたら、いつまでたっても嬉しい脳には育たないだろう。
そして、やっぱり、手放すことだと思う。自分にとって大切なこと、人、そこにこそ時間やエネルギーを注ぐべきなのだ。

自分の脳ミソがおいしく熟成するように生きていこうと思います。

午後は少し中断していたパッチワークをする。3組できた。
好きなことをやったのでこれもまた、脳が喜んだ感じ。
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# by kotoko_s | 2014-03-05 23:40 | 読む | Comments(0)

聞き取れない部分

朝はなんとなく、うつうつとしていた。昨夜、少し無理をしたから寝不足だし。そうでなくてもたいてい、朝はあんまり調子が出ない。

今日で手放したい仕事があったので、午前中はずっとパソコンに向かう。
時々依頼されてテープ起こしの仕事をする。決まった場所の、特定のテーマに沿った内容なので、専門用語にも慣れた。話す人もほとんど同じだから口癖まですっかり聞き覚えた。
ただ、とてもゆるい雰囲気のところなので、録音もあまりきちんとされていない。私語がかぶったり、隣の部屋の声が聞こえたり、くしゃみ鼻水咳こむ音まで盛大に入って、肝心の部分がまったく聞き取れないこともしばしば。はあ。

普段から何気ない生活音が気になるほうだ。エアコンの音、テレビの音、遠くのサイレンや移動販売車の音楽。人工的な音が苦手なのかもしれない。
テープ起こしをしているとき、特にその感覚が浮き上がってくるようで、どうにもこうにも耐え難い気持になってしまう。聞き取れないことがストレスになる。なんでちゃんとできないんだろう。完璧欲がふつふつと湧いてきて苦しくなる。

まずいなあ、と思う。
ちょっとぐらい抜けたってたいしたことないじゃん。と思ってみる。

もともと、きっちりやりたいたちである。
ゆったり、のんびり、というような言葉を好んで使うような人ほど、実はその逆のパーソナリティをもっているような気がする、偏見だけど。

私みたいにちょっとこだわりの強い、いや、もっと本格的に大変な人たちの人生を聞かせていただくと、すごく心が動かされる。人ごとではないからだ。
だからこのテープ起こしを続けているんだと思う。これが何かにまとまるとか、そういう将来的展望はほとんどないけれど、文字に印すという作業を通して、音で聴いているだけのときよりはるかにしっかりと、彼らの言葉の意味が胸に落ちていく。

こんな雑雑としてちゃんと聞き取れないような、いい加減な世界に、光が見える。
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# by kotoko_s | 2014-03-04 16:39 | ある日 | Comments(2)

只見川

某所に寄る。先日の段ボール裂き織のことを話す。初めて体験したEさんは、家に帰ってからも夢中で織ったとのこと。「実際にやってみるとわかるねえ。これはすごくいいわ」と言う。ここでするだけじゃなく、少し遠く、もっと広く、といろいろ話した。

もう3月だからハイネックはやめて、久しぶりにクルーネックのTシャツを着たが、やっぱりまだ寒かった。スカーフを巻いても首の後ろがすーすーする。
隣町のスーパーに行く。雪は舞っているが、空は明るんでいる。道も乾いているから運転がとても楽だ。只見川を横に見ながら走る。柳津のあたりから水量が増える。エメラルドグリーンの川面が岸辺の雪を映して夢の世界のよう。うっとりする。
3年前の豪雨災害のあと、まだごく一部だが、ようやくこの風景が戻った。豪雨で氾濫した後、川岸はむき出しの土の色のまま、ところどころ青いビニールシートがぺったり貼りつき、護岸工事の重機が何台も川べりを行き来していた。
水かさの減った川は景色が一変した。川底に下りていけるほど幾重にも削られたような明るい土の段々。河岸段丘とはこういうことかとよくわかった。昔はそこに集落があった、これが本来の只見川だよ、と古老に教えられた。
でも私はそれを知らない。いつまでたってもこの景色は見慣れなかった。やっぱり満々と水を湛えた只見川がほっとする。でも、これは自然の姿ではない。ダムで水量を調整されている川なのだ。そうと知っても、きれいだなあと思う。きれいだと感じることが、悪いような気もしながら。

買物をすませ外に出ると吹雪に変わっていた。細かい雪の礫が真横に飛んでいく。風が冷たい。首をすくめて車まで走り、エアコンをかける。音楽が流れる。今、車で聴いているのは「RENT」。好きな映画だった。その中でもお気に入りのナンバーを何度でも繰り返し聴いている。

ムラにさしかかると雪は静かになった。スローモーションのようにゆっくり、ゆっくり舞っている。空中で止まっているみたい。車庫から重い荷物を両手にさげ、傘をさして家まで歩く。吹雪がやんでよかった。
夕飯は久しぶりに、夫の好物のハヤシライスを作った。厚揚げの煮ものもおいしくできた。
夜中まで、少し無理して仕事をする。夜は一番、落ちつく。
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# by kotoko_s | 2014-03-03 23:13 | ある日 | Comments(0)

機嫌

今日は3月4日。少し遡って書いているのは、やっぱり毎日なんでもいいから書いていないと、なんだかすごく億劫になるなあと危機感みたいなものに迫られて。
誰のためでもない日記、休んだってどうということもないのだが、たいそうなことを書こうと思うから書けない、とにかく毎日書きなさい、と宇野千代先生もおっしゃった。

3月2日(日)、この日は機嫌がよろしくなかった。
家での仕事中に、昼食時間になってしまった。追い立てられるように支度をする。
夫が行ってくれてもいいのに、午後からの寺行事にはやっぱり私が行った。
寺は寒くて、80歳を超えるお坊さんはぐにゃぐにゃした声でお経を唱え、合同法要のための名前の読み上げを何人もすっ飛ばし、その上、新しく書いていただいた塔婆の内容が間違っていた。
いいお坊さんならそれもむしろ有り難いみたいな気持になるかもしれないが、いい人とは誰も言わない。

そんなこんなで一日中、機嫌が悪かった。
仕事といったって、別に私が家計を支えているわけでもない。趣味みたいなものだ。
時間がくればお昼ごはんを食べたいのは家族にとってあたりまえである。
誰の法要だ、あなたのおばあさんでしょうが、と思ってみたところで、寺のことはこれまでもずっと妻の私が代理で行ってまいりました。夫を責めるほどのことでもない。
欲が袈裟をまとっているようなお坊さん(こんなひどいこと言ってバチがあたるかもしれない)だって、お釈迦様があの人の姿を借りて、人間の弱さ、ずるさを私たちに教えてくださっているのかもしれません。

今日は機嫌が悪くてごめんなさい。
布団にもぐりこんで言ったら、いびきをかいていた夫が「ん」と返事をした。
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# by kotoko_s | 2014-03-02 23:59 | ある日 | Comments(2)

満ちてくる

午後、某所にて、「ダンボールの裂き織」ワークショップをする。
予定では10人ほど参加するはずだったが、お葬式が重なってほぼ欠席。
そのかわり、お馴染みの気心知れた3人と気楽な時間がもてた。

初めて「ダンボール裂き織」のワークショップをやったのは8年ほど前のことだ。
あのときは、心の病気などで家から出にくい人たちと一緒にやった。毎週1回、同じ時間、同じ場所に材料を広げ、周りに座布団を丸く並べておく。毎回参加してくれる人、たまに来て瞬く間に仕上げていく人、からまった布をほぐしてくれる人、そばにいてずっと歌ってくれる人、ただ見ている人。何人かの人には、そこが安心していられる場所になったようで嬉しかった。
半年ほどだったが、膨大な量の作品が出来上がった。順繰りに喫茶店の壁面に展示してもらい、たくさんの人に見てもらった。

去年、しばらくぶりにこれをやった。また楽しかった。今度は一般に公開された場所だったが、やり始めると夢中になるのは同じだった。黙々と手を動かしていた男性が「楽しかったです」と呟いて、作品をリュックにぶら下げて帰った。

ちゃんとした機(はた)がなくても織物はできる。古今東西、そうやってきたんだもの。
「なんか、古い古い脳が蘇ってくるんだねえ。気持いい」と、今日参加してくれたひとりが言った。
不思議なことに、これをしているとなにかが満ちてくる。
失敗とか、間違いとか、ない。どんなふうになってもOKだから。

今回も喜んでもらえて嬉しかった。
毎週土曜日の午後、やろうよ、ということになった。
ひとりで織ってもいいのだけれど、みんなと一緒だとなお楽しい。
場所を提供してくださったEさん、ありがとう。
誰よりも楽しんだのは、きっと私です。
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# by kotoko_s | 2014-03-01 23:40 | 作る | Comments(0)

奥会津に暮らす


by haru
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