初日

昨日はゆっくりした日曜日だった。家族みんなそれぞれの部屋で好きな時間を過ごしている。
私は留守番もかねて居間にいた。炬燵にあたって久しぶりにパッチワークの箱を開ける。テレビを見ながらちくちく。30センチのピースが3組できた。

珍しく見た番組で、企業の研修を紹介していた。あまり関心がないので消そうとしたら、ゲストの女性の言葉に引きつけられ、そのまま見続けることにした。アイドルグループ総勢300人の「総監督」の立場だという22歳(たしか)の彼女は、これまでも教育番組などによく出ていたが、なるほど、しっかりした子だなあと初めてその言葉を聞いて思った。
番組の視聴者から寄せられる質問の中に「自分より若い人が注目されたりよくできたりしたときの対処はどうしますか」というのがあった。それに対する彼女の答えはこうだ。
「対処?自分より若い子が自分にない光るものを見せてくれたら、嬉しくないですか?まず、そういう子が出てくると組織全体がよくなる。私はすごく嬉しいです。ああ、素敵、だから君は人気があるんだねえって言ってあげたい」

司会者のおじさん、おばさんはこれを聞いて感心していたけれど、私も驚いた。私なんて彼女の母親より年上に違いないが、いまだに実につまらないことで人と自分を較べて落ち込んだりする。ああ、恥ずかしい。

「人に嫌われることを恐れない」
「そんなちっちゃなことで、と思っても、相手が真剣に悩んでいるのだから私も真剣に聴く」
娘のような彼女の言葉に頷きながら、司会者の最後の言葉がすっきり胸に響く。

「今日は、残された人生の初日です」

日々新た。いつからだって、気づいたときから新しくはじめられる。
曇天の薄暗い週末が明け、今朝は清々しい空が広がった。
今日一日、最高の私にしよう。
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# by kotoko_s | 2014-03-17 08:52 | ある日 | Comments(4)

生きていること

今月も「虹の村ニュースレター」が届いた。『虹の村』は、心の病気などで生きにくさを抱えた青年が人生を学ぶ場所。ここでいう「青年」とは、ある年代や時期を指さない。学びたいと願うひとはいくつであっても青年と呼ばれる。
いつも真っ先に読むのは、その青年たちの声の欄だ。今回は30代の女性が書いている。


どうして生きていなければいけないんだろう。
私が生きていることが何の役に立つのだろう。
どんなに笑ったり感動することがあっても、いつもその疑問に戻っていく、と彼女は言う。その疑問はもっていてもいいんだと思う、と。

でも、それが疑問だけで終わらずに、自分を苦しめるものになる。
それが苦しくてたまりません、とあった。

ああ、ほんとうにそうなんだよねえ。

ふと、この歌を思い出した。


いのちの歌

作詞 Miyabi(竹内まりや)
作曲 村松崇継

生きてゆくことの意味 問いかけるそのたびに
胸をよぎる愛しい人々のあたたかさ
この星の片隅で めぐり会えた奇蹟は
どんな宝石よりも たいせつな宝物

泣きたい日もある 絶望に嘆く日も
そんな時そばにいて 寄り添うあなたの影
二人で歌えば 懐かしくよみがえる
ふるさとの夕焼けの 優しいあのぬくもり

本当にだいじなものは 隠れて見えない
ささやかすぎる日々の中に かけがえのない喜びがある

いつかは誰でも この星にさよならを
する時がくるけれど 命は継がれてゆく
生まれてきたこと 育ててもらえたこと
出会ったこと 笑ったこと
そのすべてにありがとう
この命にありがとう




どうして生まれてきたのか、なぜ生き続けなくてはならないのかと、楽しいときに問いかける人はいないだろう。
呻きしか出てこないような苦悩のさなかに、その意味を問いかけ続けられるのが人間に授けられた恵みなのだと思うようになった。
忘れていても、気づかなくても、守られ支えられている。


※ 虹の村(長野・安曇野)―心の病や人生の困難のために、社会からひきこもる青年たちに対して、医療と教育の両面からその心に働きかけ、青年や関わる人々が生涯に亘って自己を学ぶ治療共同体
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# by kotoko_s | 2014-03-14 23:35 | ある日 | Comments(0)

母なるもの

精神病者の魂への道

ゲルトルート・シュヴィング / みすず書房




最後に付された訳者あとがきを含めても170ページほどの短い本。
1940年に発行され、日本語訳の発行は1966年。

著者のシュヴィングは、看護師として精神科クリニークで働いていた。
拘束衣に縛られたり保護室に閉じ込められたりするような興奮状態に陥るか、ただベッドに寝たまま食べず飲まず外界との接触を拒絶している人たち。
次々と登場する症例を読みながら、度々目を閉じたくなった。
幼少時に受けられなかった愛情を、子どものように無意識に渇望する患者の心が強烈に迫ってきて、胸が苦しくなる。

彼女たち(患者はみな女性だった)に対してシュヴィングがしたことは、そっと寄り添うことだった。母であり、姉のように。

フロイトの精神分析の訓練を受け、精神医学やほかの医学も学んだ専門家ではあったが、彼女が患者に寄り添うときの親しく、しかも静かで信頼に満ちた態度は、彼女自身の人間的資質によるものだろう。
孤独の闇に放っておかれた人が、はじめて愛と慈しみに触れ、温められ、次第に目を開いてゆく過程は感動的だ。
彼女はやがて自身の結婚、出産を理由にこの「職場」を離れることになるのだが、その若さでここまで成し得たということに改めて驚かされる。

心にとまった箇所に付箋を貼っていったら付箋だらけになってしまったが、その中の一節。

「ただひたすらに母性的なことに当たることだけが、すなわちもっぱら他の人を助けようと願っている人たちだけが―沈黙している病者や反応のない人たち、また自分自身とその内界に没入している人たちに手をさしのべることに成功するのである。」 (「精神病者の魂への道」)

隣人のために助けになりたいと思うとき、専門家でなくとも、この本からシンプルで大切なことを学べる。
それは、自分自身がいつでもそうしてほしいと願うこと―ありのままを愛するということ。
母なるものを自らの内に育てることだった。

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# by kotoko_s | 2014-03-13 20:32 | 読む | Comments(2)

まっとうなこと

午前中は義母の病院につきそい、帰って一緒にお昼を食べてから少し横になり、午後、義母の薬をとりに山を降りた。
用がすんで、いつものところに寄る。昨日の作業の続きをしながら、年上の友人と話す。昨夜はなんだか寒くて眠れなくて、と言うと、友人も、足が冷えて眠れなかった、と言った。
感覚が近いので、なにを言いたいのかお互いによくわかる。
昨日はテレビなんて見られなかったね、と話した。
だから、東京で行われた震災の追悼式の詳細も知らなかった。でも、友人の家族が見ていて、教えてくれたのだそうだ。

伊吹文明衆議院議長の追悼の辞

これを読むと、まだ希望はあるかもしれないと思う。まっとうな言葉を聞けた、という気持になる。
原発事故に言及しない追悼などあり得ない。
この言葉に不快感を示すという、その感覚こそ異常である。
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# by kotoko_s | 2014-03-12 23:10 | 3.11以後

3年

震災から3年たった。
いつもの倍以上の厚みの新聞が届くが、読む気持になれない。
午後2時46分。町の防災無線の合図が鳴る。作業中の仲間たちと黙祷する。

家族を失ったひとの言葉を聞くと胸がつまる。
ここにあることに感謝して、生きていこうと思う。

声高な物言いから遠く。
目に立つ場所から遠く。





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# by kotoko_s | 2014-03-11 23:14 | 3.11以後

奥会津に暮らす


by haru
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