カテゴリ:3.11以後( 14 )

クリスマスに

「平和の祈り」

主よ 私をあなたの平和の道具にしてください
憎しみのあるところに愛を
争いのあるところに許しを
分裂のあるところに一致を
疑いのあるところに信仰を
誤りのあるところに真理を
絶望のあるところに希望を
闇のあるところに光を
悲しみのあるところに喜びを
もたらすものとしてください

主よ 慰められるよりも慰めることを
理解されるよりも理解することを
愛されるよりも愛することを
私が求めますように
私たちは与えるから受け
ゆるすからゆるされ
自分を捨てて死に
永遠の命をいただくのですから                                    

マザー・テレサの愛した「アッシジの聖フランチェスコの祈り」




祖母がカトリックの信者だったり
教会の運営する幼稚園に通ったりした私にとって
クリスマスは身近で大切な日だった。
12月25日の夜は教会学校の仲間たちと
手に手にキャンドルを持ち
病気の友だちの家を訪ねて賛美歌を歌った。

プロテスタントの洗礼を受けたが
教会に行かなくなってずいぶんたつし
いまや、お寺の行事や神棚のお世話をしている。
教会の文字の入った封筒が送られてきたら
義母が「おめぇ、きりすとか」と妙な心配をする土地柄である。

でも。
心の中にはいつもイエスさまがいる。

世界が平和となりますように。
Merry Christmas!


※ 明日アップするつもりでしたが。本日2本目の記事となりました。


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by kotoko_s | 2017-12-24 20:40 | 3.11以後 | Comments(6)

伝えるべきこと


昨日は12月8日だった。
76年前のこの日、日本はパールハーバーを攻撃した。
昨日、テレビのどこかでやるかと思っていたが
そんな番組はおろかニュースでさえもひとことも取上げていなかったと思う。
全国紙には記事もあったのだろうか。

「終戦記念日」と「原爆の日」は大事で
この日のことは大事ではないというのだろうか。
「やられた」ことは忘れないが
「やった」ことは忘れろというのだろうか。

ダメな国だと思う。


12月8日が命日のジョン・レノンの「マインド・ゲームス」。
(くわえタバコやポイ捨て、今ならしないだろうね)





こんな小さな山村にいたって
世界を見なくてはいけない。
心の中に平和を育て、祈りで満たそう。
クリスマスの近いこの時期にはいっそう、その思いを強くする。




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by kotoko_s | 2017-12-09 07:43 | 3.11以後 | Comments(8)

6年

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3月11日の朝です。
奥会津はまだ雪に囲まれていますが、山の向こうの空が明るくなってきました。
やわらかな光の降り注ぐ一日となりますように。

ここにいると毎日、福島県の被災地の様子がニュースで伝えられます。
全国でも、特に東京で、同じように見てもらえたらいいなと思います。

被害者である人たちがいじめられたり蔑まれたりする。
嫌な、恥ずべきことですが、人間の弱さも思います。
私の中にもまったくそういうものがないか、これはよくふりかえってみなくてはならない。
心の底まで掘ってみれば、醜いものが出てくるのです。
だからこそ、心を律して口を慎みたい。
子どもは大人の言葉を聞いているのだから。
他を裁きたくなるときは心したいと思います。

しかし権力に対しては。声を上げなくてはならない。
フクシマとカタカナの記号になってしまったことが本当に悲しい。くやしい。



この震災でなくなられた方々のご冥福を祈ります。
被災地で、避難先で、懸命に生きておられる方々のご無事をお祈りいたします。






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by kotoko_s | 2017-03-11 10:21 | 3.11以後 | Comments(8)

気仙沼から

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東日本大震災の被災地、宮城県気仙沼から楽しい冬の小物が届きました。



「腹巻帽子」は輪に編んであります。裏返してねじって重ねると帽子。もう一方の柄にしてもいい。
輪っかに首を通してくしゅっとさせればネックウォーマー。
片方だけ伸ばして顔を出せば首から頭まですっぽりあったかい。
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冬のパソコン作業の必需品・リストウォーマー。
「もぐらグラブ 子供たちの笑顔」という名前がついていました。
あとでよく見たらもう少し長いものもありました。
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京都に住んでいた梅村マルティナさんは、震災直後、被災地に毛糸を送りました。
毛糸より水や食糧が大事だという反対意見もある中、
気仙沼の小原木中学校避難所からは、もっと送ってほしいとリクエストがあった。
やがてマルティナさんは気仙沼に編み物の会社を立ち上げ
被災した地元の人たちと一緒に製品作りを始めました。
故郷・ドイツの美しい毛糸で、帽子や靴下などを仲間たちと編んで販売しています。
スタッフは、住居を失い、仮設住宅暮らしを続ける子育て中の地元のお母さんたちだそうです。


梅村マルティナ気仙沼FSアトリエ ホームページ 
Webショップ


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by kotoko_s | 2015-11-27 10:22 | 3.11以後 | Comments(14)

許さない

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昨日はテレビの前で怒っていたらバアに
「こんなもの見ててもしょうねぇぞ、仕事ねぇならカボチャ運んでくろ」

内心、(本日は国会の見張りが仕事です)と思ったが
よく考えると今の私にできるのは目の前のカボチャ、っていうか、バアのことである。

時々中断しつつテレビを見る。
「いくさに行くのはおめだぢでねぇからな」
バアが吐き捨てるように言う。

アナーキストだった祖父が生きていたらきっと
「オレをヤツラのとこに連れていけ」と言っただろう。

許さんぞ、アベ!!




「文化」というのは、簡単に言って、命をだいじにすることなんですよ。命をだいじにする国家が、つまり文化国家なのです。文化国家に権力構造があるなんていうのは、矛盾しているのです。権力と言うのは何のためにあるのか。権力は、人を弾圧するためにあるのでしょう。搾取するためにあるのでしょう。権力は武ですよね。武と文のちがいはそれなんです。文というのは、命をだいじにすることです。
              (岩波ブックレットNo.272『九十歳の人間宣言 住井すゑ』1992)




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by kotoko_s | 2015-09-18 09:54 | 3.11以後 | Comments(14)

いやなかんじ

このところテレビでは東京オリンピックのエンブレムの件ばかりやっている。
真相はよくわからないが、私は別のことばかり思ってしまう。
渦中のデザイナーにも家族がいるはずだし。
お子さんがいたら、その子は無事だろうかとか。
きっと、ネットではそういうこともわかるんでしょう。
ああ、いやだ。


子どもの辛い事件が続いていて、やりきれない。
辛い子は図書館にいらっしゃい、というツイッターの呼びかけが話題になった。

『もうすぐ二学期。学校が始まるのが死ぬほどつらい子は、学校を休んで図書館へいらっしゃい。マンガもライトノベルもあるよ。一日いても誰も何も言わないよ。9月から学校へ行くくらいなら死んじゃおうと思ったら、逃げ場所に図書館も思い出してね。』(鎌倉図書館@kamakura_tosyok)

図書館が隠れ家になる子もいるだろうけど。
そうでない子や
図書館のない町の子にも
逃げ場所が見つかりますように。

それから。
最近の子は本を読まないよねえ、と嘆く大人が
本を読まないよね、と思うことも多いし。
そもそも、本を読むと楽しい子も、読まなくても楽しい子も
どっちもOKにしてほしいと思うし。

楽しいことなんかない
っていう子に
何を伝える?


考えがあちこち飛んでいるようですが、つながっているのです。
いやあな感じがずうっとまとわりついていてうっとうしいのです。
いっそ、「オリンピックを白紙撤回いたします」って、なったらいいのに。
そんなことよりやるべきことがある。



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by kotoko_s | 2015-09-02 21:14 | 3.11以後 | Comments(18)

ウバユリ


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ウバユリが咲いていた。
花の多さの割にどことなく寂しげで
群れず一本で立っている姿が好きだ。


戦後70年の特別番組を毎日のように見ている。
今夜は沖縄の「護郷隊」のことを知った。
こんな惨いことを少年たちにさせたのか。


川内原発が再稼動されてしまった今日。
3.11の月命日だった。

尋常でない暑さと
尋常でないこの国。




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by kotoko_s | 2015-08-11 23:00 | 3.11以後

ほどほど

元気だった頃の野良猫、チビ。どうです、この面構え。
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お彼岸間近になって(うっかり「MAJIKA」で変換したら「マジか」と出てうんざり)
4日間も雪が降り続き、また見上げる高さの雪の壁です。
でも今日は久しぶりに晴れてとてもきれいな空だ。

ふと居間の畳に目をやったら、何かいっぱい、落ちている。
鉢植えの植物の枯れた部分でも散ったのかと近づいてみたら
うわっ!虫じゃないか!
よくよく顔を近づけて見ると、カマキリの子どもだ。

ああ。モンシロチョウの次はカマキリか。
チョウは18日間の生涯をこの部屋で送った。
さらに小さい、しかも大量のこのものたちをどうしたらいいものか。
どうしたら、と言っても、このままチョウのように見守っているのは無理なので
申し訳ないが、のちほど外に出します。ごめんね。

わが家で生まれたチョウもカマキリの子も、可哀想だ。
本来の環境で生まれ、死んでいくのが自然の姿なのだから。

自然、と言ったとき、人間だけが、この世界で不自然なことをやっているなあと思う。
体にいいものを食べたい、というのはごく自然な発想のようだけれど
あまりに度が過ぎると、ちょっと不自然に見える。
口に入るものが安全かどうか、すべて徹底的に調べることは不可能だと思うし
もし、すべて安全であると確信できたとして、それで心から安心しているのだろうか。
安心を求めすぎて不安になっているのではと、余計な心配もしてしまう。
昔、砂糖を使った菓子を子どもに一切食べさせなかった知人がいたが
うーん、なんだかなあ、と思った。
体に悪そうなものを食べて機嫌よくなれることもあるのだが。

最近よく思うことだが、人間の欲というのは際限がない。
もっとよいものがほしい、もっと便利になったらいい、もっと長生きしたい。
誤解を恐れずに書くが、生殖医療についても同じではないかと思う。
子どもを授からないことは残念ではあっても、不幸ではない。
血のつながりにだけ執着するのをやめればいい。
それに、求めても得られないものがあると知ることは、大切なことだ。

もっともっと、という欲望が、色々と不自然なものを生んできたのではないか。
原発然り。
「神の領域」と言うが、この世界はすべて神の手の中にあると思う。
人間は傲慢になってしまった。
ほかの生きものとの調和の中に、戻ることができるだろうか。
ほどほどがいいし、そうあるべきだと思う。



※ カマキリの子ども、と思いましたが、調べたらどうやらバッタのようです。
小さく跳ねながら明るいほうへと移動していくので、バアが踏んだら大変、とビニール袋に集め、かわいそうですが外の植木鉢のそばに出しました。じっと動かずにいますが……。




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by kotoko_s | 2015-03-15 15:37 | 3.11以後 | Comments(8)

12月

今年もはじまりました。

イラク・福島の子どもたちとシリア難民のために―チョコ募金

今年の缶の絵は「いのちの花」。
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by kotoko_s | 2014-12-01 23:08 | 3.11以後

ゆっくりな日

しばらくの間いい調子で物事が進んでいたが、今は少し、いや結構、落ち込んでいる。これもまた必要な試練(チャンス)なのだろうと、自分に言い聞かせてはいるが、なかなかの、疲労感。

先日、溜まっていた雑誌の切抜きをしてすっきりした。
その中に、繰り返し読んでいる記事があるので書いておきたい。


「週1日を『ゆっくりな日』に」

これが記事のタイトル。
環境平和運動家のサティシュ・クマールさんのインタビュー(婦人之友2013年6月号)だ。
クマールさんはインドで生まれ、9歳で修行僧となったが、18歳の時、ガンジーの非暴力思想に触れ還俗。
20代後半には核兵器廃絶を訴え、インドから4つの核兵器保有国へ2年半かけ徒歩で平和巡礼を行ったという。


「毎日料理をするし、庭仕事も大好き。
仕事で1時間コンピューターを使ったら、1時間散歩するように努めているから、忙しすぎることはない」

「自然はたくさんのことを教えてくれる。人の心を、魂を癒してくれる」

「じっくり見てごらん、よく耳をすましてごらん、注意深くにおいをかいでごらん」

「私は76年の人生に、すばらしい師に会いました。
その中で、もっとも偉大な先生は母でした。
どのように教えてくれたかというと、母が母らしく、幸せに生きる姿を見せることによって」

「ぜひ子どもと一緒に歩いてください。
天気のよい日に、春には桜の下を、時にははだしで。
そして、いつも子どもの無限の可能性を信じてください」



大量生産、消費、廃棄の下での成長から、環境を破壊しない仕組みへどう変えられるか、との問いに答えて

「まず、あなたの考え方を変える。
多く持つこと、人に認められることやお金の量で幸せを計るのではなく、自分の内側から満たされる幸せを求める、そしてライフスタイルを変えていく」

「原発事故から学ぶべきことは、人が自然に対してあまりにも傲慢であったことです。自然はコントロールすることはできず、私たちはへりくだって学ばなければならない」


週1日は『ゆっくりな日』を、と、クマールさんは呼びかける。
その日は、車や乗り物を使わない。インターネット検索、メールもしない。
代わりに、自然を楽しみ、ものをつくる。
子どもと遊び、友人や家族と過す。

意識せずとも自然と親しく暮らし、手仕事でものをつくることも特別なことではない恵まれた環境にいてさえ、パソコンのない日常に踏み切ることは難しい。
せめて週に1日だけでも、ブログもメールもその他ネットにあふれる情報のいっさいを、意識の外に放ってしまえたら。
この疲労感も軽減されて、すっきりした心持ちになれるような気がする。
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by kotoko_s | 2014-11-13 23:43 | 3.11以後 | Comments(12)

奥会津に暮らす


by haru
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