カテゴリ:ある日( 107 )


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カタクリを撮るには朝。せめて午前中に、と
わかってはいましたが。
午後遅くにしか行けなかったのでした。

今年の春は急ぎます。
地元の「カタクリまつり」より早く
花はすでに盛りを過ぎて。
それでも、今年も見られてよかった。

92歳の義母が
杖を頼りに車から降りて
「冥土の土産だ」と言いました。


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ヤマザクラ。
孤高のひとのようです。
今年も咲いてくださって
ありがとうございます。


春はもの想う季節。
明るいからなおのこと
胸に去来するものの多きこと、深きこと。

長い冬のあとの贅沢です。




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by kotoko_s | 2018-04-26 23:18 | ある日 | Comments(10)

猫がいた喫茶店

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テレビで新入生の初々しい顔を眺めていたら
ふいに昔のことがよみがえった。

30年以上前、私は社会人になってから夜間の専門学校に通っていた。
勤めていた会社は勤務時間が不規則で学校に間に合わないので辞めた。
学校に通い出したら、先生がのんびりと言った。
「あなた、昼間何やってるの」
「なんにも・・・・・・いえ、しないとまずいんですが」
「だったらちょうどいいや。これから行こう」

連れていかれたのは古い喫茶店だった。
「純喫茶M」としておく。
「画廊喫茶M」という文字も看板に見えた。
Mは画家の名前である。
無気味な感じの女の顔が、看板に描かれていた。
あとで知ったが、純喫茶と謳いながら、夕方からはお酒も出した。
三島由紀夫がよく来ていたとか、誰それが常連だったとかいう話も聞いた。
椅子の背には白い布カバーがかかっていて
小さなテーブルに置かれたメニューには
「サイダー・コーラー・クリームソーダー」と書かれていた。
「ガラナ」という飲み物を、そこで初めて知った。

その店で、1年ほどだったろうか、アルバイトをした。
しばらくは注文を聞いたりコーヒーなどを運んだりしていたが
まもなくママさんに
「代わってちょうだい。あたし疲れちゃったのよ、年だから」
と有無を言わさない雰囲気で言われ、カウンターの中に入った。
教えられるままにサンドイッチやスパゲティやパフェを作り
コーヒーを淹れた。
慣れると「ホール」より居心地がいい。
盆にのせてそろそろと運んだマティーニのグラスを
テーブルに着地したとたんに倒して
お客さんの胸に盛大にひっかけてしまったこともあったし。

ママさんはお愛想なんぞ言わない人だったが
その分、褒められると本当なんだとわかって嬉しかった。
ちょっと、姑に似ていなくもない。
暮れにはひと抱えもある業務用の食パンを持たせてくれて
「サンドウィッチをたくさん作ってあげて」と言った。


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その喫茶店に昔、猫がいたという。
白いおとなしい猫で、いつも2階に上がる階段の下にいた。
そこから、入ってくる客、出て行く客を見ていた。
ある日、2階から酔っ払った客がよろよろと降りてきて
寝ていた猫を思い切り踏んづけた。
「どうなったんですか、猫は」
思わず浮かんだ『ねこふんじゃった』に笑いそうになるのをこらえて聞くと
「死んじゃったよ」ママさんは即答した。
「だからその人に言ってやったんだ、二度と来ないでくれ、って」
ママさんは思い出すのも嫌そうに、眉間にしわを寄せた。
いい猫だったのに。

飲食店に動物がいる、というのはよくあることだろうか。
そういえば、猫のいる蕎麦屋を知っている。
注文して待っていたら厨房からトラ猫が出てきてギョッとしたものだ。
あれも、蕎麦屋の主人にとってはいい猫だったにちがいないが。


あの喫茶店、今もまだあるだろうかと
インターネットで検索してみたらぞろぞろと出てきて感激した。
まだ、あった。
看板も変わっていない。改装したというが昔の面影を残している。
メニューは当時より豪華になったようだ。

東京が遠くなって久しいが、今度行くときには。
あの御茶ノ水駅界隈、同級生とたびたび入ったピザ屋。
1本ずつ買った絵の具、憧れの筆の並んだ画材屋。古本屋。
坂道をずうっと下って先生にご馳走になった中華料理店。
可愛がってくれた先生は亡くなり、学校ももうあの場所にはないけれど。
学生街のあの雰囲気は変わっていないだろうか。

そしてあの純喫茶Mに行くのだ。
スパゲティセットを注文して、ゆっくりコーヒーをすする。
ママさんのいるうちに、どうして行こうと思わなかったのだろう。
その節は本当にお世話になりました。
このとおり、やっぱり、なにものにもなれませんでしたが。
「好きだと続くものだよ。それでいい」
ママさんに言われた通り、今も毎日、絵を描いています。



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by kotoko_s | 2018-04-05 10:32 | ある日 | Comments(18)

雪解け

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「雪」   高田敏子

樹の根元のまわりから
雪はとけてゆく
樹の肌にそって まるく
くぼみを作ってゆく
その静かな環(わ)のかたちを見るのが
好きだ

雪はうっとりと
とけてゆくのだろう
とけて雪は
地の中にしみ入り
樹の根に吸いあげられて
樹液に変わるのだ

枝々の先に いっせいに
噴き出す芽!

うっとりと とけてゆく
雪の心が
あの環のくぼみから
伝わってくる






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晴れ渡った午後、散歩に出る。

風はまだ冷たいけれど。
壁のように辺りを取り囲んでいた雪はぐんと沈んで
広々と景色が開けていく、ああ、いいなあ!

雪解け水の轟き。
遠くの森から絶え間なく響く
キツツキのコツコツコツコツ……

日差しにぬくもった道端には
後ずさりする雪の縁から
明るい緑色がいくつも覗いている。
今晩の天ぷらの分をいただいて
浅い春の楽しみです。




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by kotoko_s | 2018-03-25 16:26 | ある日 | Comments(8)

行く場所・帰る場所

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久しぶりに実家へ行ってきた。
数日留守にしただけだが、ずいぶん長く離れていたような気がする。
新幹線2本、在来線を2本、3回乗り換えて
最寄の駅からは予約しておいたデマンドバスで家路につく。
会津に入ったとたん、列車の窓から青空が消え
空も大地も境目のない雪景色に変わる。
ああ、帰ってきた、と思う。

私の地域は数年前にタクシーがなくなった。
乗車する人の減っていく路線バスを整理して
デマンドバスが地域をこまめに巡っている。

実家も相当な山の上にある。
父と母が住み始めた30年ほど前に較べると
人口はずいぶん増えたのに生活は奥会津より不便なのだ。
市街地に下りればデパートも大きな映画館も病院もあるのだが
昔、別荘地だった両親の住む地域はいまだ生活圏と見做されていないのか、
バス停もゴミの集積所も、歩いていける距離にはない。
いつも支えてくださるご近所の方々がいなかったら
何もかも不自由になった両親は彼の地にはいられない。
二人だけの生活がいつまで続けられるか心配は尽きないが
今はこうしてできる限り行くこと、毎日電話で話すことが私にできること。



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実家にあった雑誌『婦人之友』で
羽仁もと子の言葉を読んだ。

「自由の翼をのべて」

行き詰まった世界を、果しない天が掩(おお)っている。凍る大地を、かえって親しげに日光が見舞ってくれる。新しい年が贈られて来る。行き詰まっているものは、天を仰いで慰めを得よう。凍る大地のみを眺めずに、暖かい日を見よう。

きのうのままである事実を以て、われわれの持つ事実の全部だときめているのは、地を見て天を見ないのです。すべての粉飾をすてて赤裸々な冬の大地のような気持になって、天の光を慕いましょう。

さびしい枝に春が返り、冷たい土が暖められて、いろいろな芽を出すように、沈滞の中に死んでしまったような姿の中に、復活の力が脈々として動いているのは我々の生命です。きのうのままに見えているさまざまの事情も、祈って待つものには、たしかにそれが希望に向って動いています。

(『自由・協力・愛』1934、抜粋)


羽仁もと子は1873年、青森県八戸生まれ。
日本で最初の女性新聞記者であり、のちに『婦人之友』を創刊、自由学園を創立した。
彼女の言葉は、雪深い東北の生まれであることと無関係ではないだろう。

「行き詰まっているものは、天を仰いで慰めを得よう。凍る大地のみを眺めずに、暖かい日を見よう。」

ほんとうにそうだ。


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帰りの列車に揺られながらいろいろな思いが湧いてくる。
車窓をすっぽり覆う雪は、もう馴染んだ風景なのだ。
20年暮らしたこの土地が、私の「帰る場所」になっていることを
今更ながらあらためて思う。
この地の冬が年々辛くなっているので
やがては親の近くへ行きたい、と考えたこともあったけれど。

この地に来なかったら
きっと私はすべて知らないままだった。
暗い雪の日々、閉塞感にこんなに息苦しくなることも
春を待ちわびるちいさな明かりのような気持を頼りにすることも
大雪のあとの青空の、泣きたくなるような美しさも。



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今、ここになすべきことや守りたい人がいて
遠くにもまた大切なものがある、それは幸せなことだろう。

凍りついた大地を知ってよかったと思う。
曇天の向こうにはいつも光が待っていることを教えてもらって。




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by kotoko_s | 2018-02-09 17:17 | ある日 | Comments(12)

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晴れた!


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トーチャンが玄関前から
台所の窓まで覆っていた雪を飛ばしてくれる。
屋根には雪がまだ残っているので
私は見張り番をしながら
バアのソリの道をゆるやかなスロープにする。
汗びっしょり。


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遠くの屋根に人がいる。
1階の屋根の雪を下ろしているのだ。
今朝はムラ中、「雪かたし」。
あちこちから除雪機の音が響く。


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お隣さんまでカンジキで踏みながら道を作っている。
冬はおちおち留守にできない。
自分の家だけでなく、ほかの人に迷惑をかけるからだ。


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予報では曇りのち雪だった。
思いがけない青空に嬉しくてたまらない。
光はまだごくやわらかく頼りなげだが
ありがたくていつまでも浴びていたい。
久しぶりのお天道様。
ありがとう。



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by kotoko_s | 2018-01-28 10:07 | ある日 | Comments(12)

一年が終る

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今年も残すところ数日となった。
これからの日々は年取りの支度に追われるのだ。
今朝は吹雪。大雪警報が出た。わがや観測所では積雪70センチ。
ああ、トーチャンよ。
妻は温泉か南の国へ行きたいぞ。
朝からバアが「なますこさえといてもいい」「ひたし豆もやるんだべ」と
何十回目の念押しをしている。
バアは今日、デイサービス。
「雪だからやめんべか」と言っていたが
早々にこしらえた大きなボール一杯のなますを見せたら
「友だち来てっかもしれねぇから行ってみっか」
ソリに乗せられて出かけて行きました。
よかった(笑)


この一年をふりかえってぼんやりと浮かぶのは
「体調」とか「病気」とか「入院」とか
あまり明るいとはいえない文字で
それは自分のこともだが、親も大きく変化した一年だったからだろう。
それでもみんな、元気に年取りを迎えられる。よかったよかった。


一大決心した割にいとも簡単に挫折したのが、「服は買わない」である。
どうしても必要に迫られたものをひとつ買ったら
タガがはずれてしまったのがなんとも軟弱。
中でも大きな買物だったのが、ダッフルコートだ。
重くて肩が凝るからなあ、もう着ることもないだろうと思っていたが。
これからますます身体は楽なものを求めるだろう、だったら今しかない。
オリーブグリーンのダッフルコートと
ついでに革のショートブーツもえいやっと買ってしまった。
ああ、嬉しい。お洒落の楽しみを思い出す。
これを着て街へ出でかけた。
雪の地ではどこへ行くにもダウンジャケットと長靴が定番だもの。
わくわくする気持ちを思い出せたのだから、これもよしとしよう。
そのかわり、要らなくなったものはどんどん手放した。


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ここ数年の中では珍しく、今年は本をたくさん読んだ。
帰省の列車の中で、隣の部屋に義母の気配を感じながら
一人になれる時間は意外とあった。
長いこと悶々としていた事柄には一応の決着がついた。
人生的課題にも思わぬところから優しい答えが出た。
こうしてゆっくりと思い出していくと
良いことがとても大きく輝いて見える。
さあ、次の幕が上がる準備は万端だよ、と
背中に温かい手をそっと当ててもらっているような。

伝えたいこと、表現したい気持ち。
それを言葉にして届けることがとても難しい一年でもあった。
実際に誰かと話すことも、ここに書くことも。
言葉にして出せば途端に自分の言いたいことからずれていってしまう、
そんなもどかしさをいつも感じていたような気がする。
でも、言葉ってそういうものかもしれない。
だからこそ表現すること、
誰かと関わりあうことをあきらめてはいけないのだと思う。



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色々と書き始めたらもっと書きたいような気持ちになってきましたが。
そろそろ台所に戻らなくてはなりませんので
このへんでお仕舞いにいたします。
何はともあれ、今年はよい一年でした。感謝です。

おいでくださった方々、ありがとうございました。
どうぞよいお年をお迎えください。



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by kotoko_s | 2017-12-27 09:22 | ある日 | Comments(14)

体を使う

この時期は天気予報を見ながら畑優先である。
今年も秋仕舞いの一大イベント、大根の収穫をした。
お百姓の仕事は中腰じゃないと務まらない。
ああ私には到底務まらない。
「腰痛ベルト」をぎっちり装着して、いざ。


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トーチャンが抜いて、私が葉を切り落とす。
この葉っぱ、昔は干して刻み、少ないコメに混ぜて「カテマンマ」にした。
今はほとんどの葉っぱを畑に返す。


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畑は家のすぐ上にあり、一輪車に積んでトーチャンがおろしてくる。
庭先の「ミジャ(水場)」で私が洗う。
今はいいゴム手袋があるから全然冷たくない。

ちょっと軽いのは、切ってみるとたいてい真ん中に穴が空いている。
いいところだけ切って、これは漬物用。
よいものが100本あった。来年の春まで食べつなぐ。


嫁いできたころは、山の畑でつくっていた。
車に積んで往復したが。
その昔は義母と義父が背負って家まで歩いて運んでいた。



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白菜は、朝露の乾いた午後に収穫する。112個。年々少なくなっている。


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今日はガラス窓に「雪囲い」(冬囲いとも)をする。
降り積もった雪と屋根から落ちる雪で、一階部分はほぼ埋まってしまうから
雪の重みでガラスが割れないようにカバーする。
今は透明なプラスチック板だが、昔は「オオダリ」といって
丈高いカヤを編んで覆いにした。
そのためのカヤ刈り場が山にあって
刈ったカヤに自分の体が埋まるほど背負って何度も往復した。


            *


えーと。実は腰痛の話を書こうと思っていたのですが。
昔のひとのまことに体を痛めつける過酷な労働を思い浮べていたら
なんだかしゅんとしてしまったので、今回はここまでにいたします。

91歳のバア。よく働いてきたね。
すごいね。





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by kotoko_s | 2017-11-13 04:21 | ある日 | Comments(18)

根っこ

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頬がひやっとして寒い朝。
こんな日はきれいに晴れる。
バアの指令のもと、トーチャンと来年のレタスの苗を植えた。
ゴム長の足の裏が冷たい。
2列で88本。こんなにどうするんでしょう。


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終って、バアはとっておいた苗を親戚に届けに行った。
トーチャンに花壇を耕してもらい、私はチューリップの球根を植える。
今年は半分も咲かなかった。
モグラが掘ったトンネルをネズミが通りながら球根を食べたらしい。
来年はネズミが球根を嫌いになってくれますように。

落ち葉を掃いたり、古い鉢植を整理したりしていると
だんだん背中が暖かくなってくる。
秋の日差しのなんてやわらかなことだろう。


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彼女がこの世にいるかぎり(もう九十歳に近いはずだ)、私はまだヨーロッパに自分の根(ルーツ)をもっている気がする。根、それも主根を。手元の辞書によれば、主根とは「植物の主要な根。通常、側根よりも頑強で、茎からまっすぐ下に伸びる」とある。この根は幼年期の根であると同時に、幼児期の言語の根であり、幼児期に暮らした土地の根でもあると思う。そして私にとっての根はベルギーであり、ポーリーンなのだ。(『70歳の日記』メイ・サートン、みすず書房、2016)


ポーリーンとは、「もう90歳近いはず」と書かれている大切な友人のこと。
メイ・サートンはアメリカ人だが、ベルギーに生まれ、4歳のときに両親とアメリカへ亡命したのだ。


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どんなに長くこの地で暮らしても、私の根(ルーツ)は別にある。
普段そんなことを意識して生活しているわけではないが
時折、「ここではない、どこか」へ行きたくなり
「ここにはない、なにか」が欲しくなる。
それは多分、いいも悪いもない、それが私というものなのだろうから。

でも、もしここに来ることがなかったとしたら。
ずっと住み慣れた都会にいたとしたら。
私の中に太く頑丈な根っこはついに育たず
網の目のように混乱した細い根ばかりで
いつ倒れてもおかしくはなかったろう。

私の遠くにあるはずの「主根」は。
ここで育てられてきたんだろうと思う。



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by kotoko_s | 2017-11-06 11:13 | ある日 | Comments(14)

山へ

先日たずねた山。

ここは好きな場所のひとつで、以前はよく来たものですが。
このごろは、休みともなると街へ出かけてしまって。
久しぶり。

やっぱり、いいなあ。


山、といっても「登山」するわけではありません。
このあたりで「やま」といったら「畑」とか「里山」を指す。




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ホオノキの葉は茶色くなった。
枯れたものから枝を離れ
風に乗ってゆっくりと舞い降りていく。

空を仰ぐと眩しい。




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とてもきれいなススキを見つけました。
いいことを思いつきました。
まだ秘密です。




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by kotoko_s | 2017-10-29 22:55 | ある日 | Comments(8)

いいひと(仮)

日中でも10度を切るようになって、秋をすっ飛ばして冬の気配のするこの頃。
私はこの時期からもうダメなのである。
一日中、夕方みたいな薄暗さ。
もっと光を!!

この冬こそ元気にゲラゲラ笑って過ごそうと
今年も思ってはいるのだ。
だがこの調子では今冬もあぶない。
こういう、布団をかぶってひきこもっていたい気分のときこそ
えいやっと力を振り絞って活動するべきなのだ。

まずはここに書くことで
無理にでもひきこもりから脱却しようという作戦。

この記事のタイトル「いいひと」について
のちほどちゃんと書こうと思います。

季節の写真も撮るぞ。

ではまたあとで。







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by kotoko_s | 2017-10-21 08:29 | ある日

奥会津に暮らす


by haru
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