甘える

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一週間前の奥会津・只見川。曇り空で色が出ませんでしたが最後の紅葉。今年は美しかった。



年配の友人から聞いた話である。
親戚の若い人から、お金を貸してほしいと頼まれた。
その若い人は、定職を持たず、家族はいない。考えたり判断したりすることが苦手である。
友人は、その人の親代わりのようにして、これまでも出来る限りの支えになってきた。
でも、その人はウソをつくのだ。
これまで何度もその巧みなウソに騙されてきた友人は、少し疲れているようだった。

貸してほしいと言ってきた金額は3000円である。
だからね、と年老いた友人は言うのだ、だから心配になったの、と。
本当はもっと必要なのではないか、深刻な状況になっているのではないか。
ちょっと多めに送ってあげようかなと思うんだけど、と。

友人の優しい気持につけこんで、また!と、私は思った。
その若い人よりも、親しい年配の友人のほうが私には大事だった。
3000円っていうならそれだけを送ったら、と友人に言った。
それであとはもう、少し離れてみたら。
そうねえ、と友人は考え込んでいた。それでいいのかもしれないねえ。

数日たって、友人から電話があった。
この話を娘にしたの。叱られるかと思ったら、びっくりしちゃった。
お母さん、彼と縁を切らないでいてあげて、と娘さんは言ったそうだ。
世の中には、何度言われても弱くてダメで、ちゃんとできない人がいる。
そういう人にとっては、お母さんみたいな人がたった一本の命綱なんだよ。
ほかに甘えたり頼ったりできる場所があったら、親戚のおばさんになんて言わないよ。
叱られてもまたくるのは、お母さんを信じてるからなんだよ。

あの娘も昔は大変だったけどね、と友人は言った。苦労したのね。


私は恥ずかしいような、失敗したような、複雑な気持になった。
社会に適応することが難しい、そういう人はむしろ親しい存在だし
誰よりも私自身がこの世の仕組みにうまいことはまらない。
自分こそ弱くてダメダメだと、常日頃感じていることだったはずだが―。

事件が起きたとき、加害者の背景に複雑な家庭環境や病気などが明らかになると
周りの誰ひとり、彼を支えることはできなかったのか、と思うことがある。
誰かがその人の困難の一端でも、寄り添って耳を傾けていたら。
あるいは踏みとどまれたかもしれないということを言う人もいる。
私もそう感じるひとりであったけれども。
実際にお金のことで失敗した経験もあるせいか
友人が話すその人には心からの温かな気持が湧かなかった。
それが、恥ずかしかった。


映画「海街diary」のことを書いたが、原作の漫画を読んでよかったと思う。
もはや映画と原作の境目がわからなくなってしまったので
この場面も、もしかしたら映画にはなかったかなあとも思うのだが。
看護師の長女・幸が、後輩看護師の意外な一面を知るところがある。
仕事ができない、何度言われても同じ失敗をする、困った後輩看護師のはずが
こんなに心のこもったケアをしていた、と気づくー。
今まで自分は何をやってきたのかと落ち込む幸に、原作ではちゃんと聞き手が現れてほっとする。

ここに書きながらだいぶ落ち着いたが
実は年配の友人から娘さんの言葉を聞かされずいぶんと落ち込んでしまった。
弱者の側に立つ、とか、人を受け入れる、あるいはゆるす、ということなども。
簡単じゃないし、覚悟がいるし、よい意味でのいい加減さも必要だと思うし。
ひとを甘えさせてあげられない何かが私にはあるんだろうな、と思うと
ああ、なんだかなあ。

私だって甘えたかったさー


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信州は野沢温泉で昔から手作りされてきた郷土玩具・はと車。
バザーに10円で売りに出されていてかわいそうで、という母から紅玉と一緒に届いた。
素朴な姿に心慰められます。



Commented at 2015-11-15 17:05
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Commented at 2015-11-15 17:23 x
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Commented at 2015-11-15 17:51 x
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Commented by fusk-en25 at 2015-11-15 19:11
人に手を貸すのは難しい。
切り捨てたのか?と後で苦にすることもあるし。
ひょっとして「手を貸さなかったら」その人が手を貸してくれなかったと言い訳をつけて違う道が開けることもある。
年寄りなら手を貸すことも充分に生きるのだけど。
若い人の場合は助けないほうがよかったりする。

10歳上の知人を訪ねて、10年ぐらい前なら、庭仕事を手伝っていました。
今はそこに行ってもあまり手伝わず喋っているだけにしているの。
私が動くと彼女も動く。
私が座ってっしゃべっていると彼女も座っている。
ちょっとでも座る時間が増えたら。。。と思う。
怠け者の私の発想?
Commented by saheizi-inokori at 2015-11-16 10:40
さすが10円で売られていて可哀そう、そんなお母さんの子です。
3000円をあげることに反対しなかったことが素晴らしいと私は思いますよ。
Commented at 2015-11-16 10:47
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Commented by hanamomo08 at 2015-11-16 11:34
難しいですね、最後の救いであるともいえるし、何度もウソをつくひとにどうして?という思いもある。
わがままや、怠け者でそうなっているとも言い切れない現代社会にいるそんな人。
ちょっとしたボタンのかけ違いで社会からちょっと取り残されてしまった人が多いです。
親切がその人をだめにすることがわかっているなら、貸さないけど、それが命綱ならどうでしょう。
お金には『限り』ってありますからね。
でも人の心にはそれぞれの大きさがあって限りがない。
頼んでいる彼の心はどうなのだろう。
心を透かして見てみたい。
本当にその人しかいなくて、ぎりぎりなのだとしたら貸してあげたいけど、ご友人の人の良さにつけ込んでいるなら、貸したくない、3000円の価値が問われます。
Commented by kotoko_s at 2015-11-16 20:59
☆鍵コメさん
そうおっしゃっていただくと、私も特に冷たかったわけでもないかな、と思えます。ありがとうございます。
お金のことは、本当に難しいですね。他人でないから割り切れない気持もあるでしょうし、友人のように情の深いひとはいっそう悩むのですね。

「娘さん、きっとおつらいときに、助けられたご恩が深いのでしょう。」―そうなんですね、きっと。若い頃には色々とあっても、それが糧となって成長できるのは素晴らしいことです。子どもの優しい言葉を聞いて友人も嬉しかったのだろうと思います。
何が正解かわかりませんけれど、友人が気持の折り合いをつけられる方法が見つかるといいなと思います。
Commented by kotoko_s at 2015-11-16 21:15
☆鍵コメさん
それはとてもお辛かったですね。私も自分がもしそうだったらと考えるとやりきれないですし、忘れることなどできないだろうと思います。
お金のことは私もちょっと痛い目に遭っていますし、身近にも色々とあって。お金によって人間関係も変わってしまいますから、怖いものです。
この年配の友人はとても真面目なひとで、ダメなものはダメと言える。でも、最後はやっぱり、情が勝つというか。
その優しさが踏みにじられるのではないかと思うと、憤りも湧いてきてしまって。

はと車と少々熟しすぎた紅玉が、弱った気持にやわらかくて救われました。いつもおいでくださってありがとうございます。
Commented by kotoko_s at 2015-11-16 21:41
☆fuskさん
私は昔、若い友人に助けてといわれ、その通りにした結果、今ではもう会うことができなくなってしまって。
あのとき、断っていたら、結果は同じでも、今、別のかたちで手を差し伸べることができたかもしれないと思うのです。
人との付き合い方というものを根本的に考えさせられる体験となりました。

10歳上の方と、あまり手伝わずに座っておしゃべりしているというのはとてもいいですね。
以前、一日中、畑で作業している義母の身体が心配で、手伝う、手伝う、とついて回っていました。
でも、そのことをちょっと母に話したら、あなたが一緒にやったら結局はおかあさんはいつも以上にやっちゃうから、あなたが休めばいいのよ、と言われて。なるほどなあと感心して、以来、一緒に畑にいてもヨメはすぐ休むようにしております^^
Commented by kotoko_s at 2015-11-16 21:46
☆佐平次さん
まあ、そんなふうにおっしゃってくださって、ほっとします。
ありがとうございます!
Commented by fusk-en25 at 2015-11-16 22:48
ヨメがせっかく休んでも。バアが休まないから
ちょっと困りますね。。。笑。
でもね。見ていてくれる人が側にいると。
ただそれだけで気が楽になる。
なにかあった時のことを自分で心配しながらでなくて動けるし。
ちょっとそれを取ってくれとも言えるから。
Commented by kotoko_s at 2015-11-16 22:52
☆鍵コメさん
自分をほどけばまだ間に合うかも。そうですねえ。そうなんだろうと思います、私も自分に言ってます^^

まっこと長女ってヤツは。
甘え方すらいちいち学びながらいくわけですなーしんどいわけです^^
Commented at 2015-11-16 23:01
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Commented by オリオリ at 2015-11-16 23:21 x
お金と情。とても難しい事柄ですね。
正しい答えもないし。
でもご自身がこうして書くことで、落ちつかれて良かった。
絵日記の文字が優しくなりました!
Commented by kotoko_s at 2015-11-17 23:32
☆momoさん
今回だけでなく、友人はこれまでも難しい問題を抱えた若い人を何人も支えてきたのですが、そういう星のもとに生まれてきたというか、何か使命のようなものを感じているのかもしれません。
何度ウソをつかれても見捨てないというのは、なかなかできることではないなあと思います。相手はその場限りで色々と言ったりしたりしていて、それほど悪意があるわけでもない。とすれば、なおさら友人のように情の深いひとは気の毒だなと思います。
今回のことでは、自分自身を何度もふりかえって考えさせられました。どんな立場であろうと、人間というものはたいした差はないと思ったり。自分の弱さや限界というものを知ることからしか始まらないんだなと思っています。
Commented by kotoko_s at 2015-11-17 23:32
☆fuskさん
そうなんですよ、休んでいるのはヨメばかり、です(笑)

「見ていてくれる人が側にいると。
ただそれだけで気が楽になる。
なにかあった時のことを自分で心配しながらでなくて動けるし。
ちょっとそれを取ってくれとも言えるから。」

本当にそうですね。最近になってこれがようやくわかるようになりました。
私は一応、手伝いましょうかと声をかけますが、バアは一人でやりたいようで、たいてい、いい、と言います。
でも、なんとなく行ってみると、何をしているのかよくわかるし、バアもちょっとひと息ついたりもしている。
いつもは無理ですが、時々そうして気にかけていることが伝わると、いい空気が流れるような感じがします^^
Commented by kotoko_s at 2015-11-17 23:33
☆鍵コメさん
鍵コメさんも私とおんなじこと考えて落ち込むことがあるんだ、そう知るだけで、ヘンな言い方ですが、ほっとします^^

昔、尊敬する年上の方に「甘えてばかりで申し訳ありません」と何度か言ったことがあって。するとその人が「どんな人でも、まったく甘えないで生きていくことは不可能だから。甘えさせてもらったありがたさを知っている人は、ひとも甘えさせてあげられる」と言われました。
これまた考え込む言葉ではありましたが。
今からでも、遠慮せずに誰かに甘えよう、と思ったものでした^^

本当の優しさってどんなものでしょう。
考えれば考えるほど、難しい。
いただいたコメントで私も気が楽になりました^^
Commented by kotoko_s at 2015-11-17 23:40
☆オリオリさん
ほんとうに難しいですね。お金のことは額の問題ではないですから。
なんだからモヤモヤしていて、思い切って書いてみてよかったです。
絵日記もご覧くださってありがとうございます。
文字、優しくなりましたか?肉筆ってコワイですねえ^^
Commented by fusk-en25 at 2015-11-24 06:29
「何か手伝いましょうか?」と台所仕事なんかをしていて
言われるとちょっと困る時があるの。
だいたい頭の中に段取りを決めていて、
ばーっと同時進行してやる時に。
手伝ってもらうためにはその段取りの何かを省いてその人に言わなあかんでしょ。それが億劫なんやね。
その人の仕事までわざわざ考えなければならないから。
だからもういいって。
でもちょっとそこらあたりの物をふーと手渡してくれるとまた楽なんですよ。
阿吽の呼吸?その塩梅が難しい。
ばあちゃんもきっと。朝早ーく目が覚めて
起き出したら若いもんに邪魔やから。。。笑。まだ暗いし。寝床で畑のことをきっと考えてはるのやろうね。
絵に描くみたいに。
Commented by maco at 2015-11-25 05:24 x
いつもブログは読ませていただいていましたが、久しぶりのコメントです。
>社会に適応することが難しい、そういう人はむしろ親しい存在だし誰よりも私自身がこの世の仕組みにうまいことはまらない。
私もフィンランドに来てさらに、社会システムの違いや言葉の壁などで、常々感じていることなので、なんだか身にしみました。
困っている人に、どんな対応をしてどんな言葉をかけるか、難しですよね。
優しく手をさしのべて、その人が救われることもあるかと思いますが、そうじゃない時もある。
人を甘えさせるって難しいことだなぁと思います。

只見川の写真、3年前の秋に訪れたことを思い出します。
あの時はまだ紅葉がはじまったばかりでしたが、目に浮かぶようです。
はと車、素朴でとっても可愛らしい。10円とは…。
フィンランドでも昔ながらのこういうものって、人々はほとんど関心をしめしません。
Commented by kotoko_s at 2015-11-26 14:42
☆fuskさん
そうですね、一人のほうが気楽で段取よく運ぶ仕事も多いですね。
それでも自然に、必要なときにちょっと手助けできたら、されたほうは助かるし、したほうも満足できて。
そういう関係になれる相性やつきあいの長さもあるのかもしれませんね。

義母は毎朝、仏壇にお茶をあげてから自分も飲んで、それから昨日の日記を(畑のことを中心に)書くのです。
素晴らしいことですよね。
Commented by kotoko_s at 2015-11-26 15:20
☆macoさん
これまで常識だと信じていたことがあっさり覆されるということが、こちらに暮らして20年以上たってもいまだにありますが、海外で暮らしたらもっと大きな違いを体験されるのでしょうね。

困っている人のために何かしたいと思うのは自然な心だと思いますけれど、自分にできることと無理なこと、自分自身の限界を知ることは必要だなと思います。
相手のためによかれと思い、見返りを求めない気持で差し出しても、あとで相手の態度によって怒りや悲しみや恨みまで感じないでいられるかと言ったら、なかなか・・・。
甘える、甘えさせてあげる、って、難しいですね。

もう3年前になりますか、早いものですね。
昨夜、里にも初雪を迎えました。これからまた色のない世界です。
macoさんのご紹介くださるそちらの風景、いつも絵葉書のように美しく、しっとりした静けさを感じています。
モノトーンの寒さ厳しい季節に、おうちの中の暖かく鮮やかな色彩を拝見するのも楽しみにしています。

このはと車、作る人がだんだん減ってきているそうですが、郷土玩具の中で「東の横綱」と言われ人気の高かった時代もあったそうです。
素朴で、ただ眺めているだけでもなごみます。縁あってわが家に来てくれて嬉しいです。
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by kotoko_s | 2015-11-15 15:13 | ある日 | Comments(23)

奥会津に暮らす


by haru
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