覚悟

あるところに短い文章を書くことになった。
一応、読者が想定されている場所である。広く愛読されるような読み物ではない。
「だからさらっと書いてみて」と言われたのだが
とてもさらっと書けるものではなく、ずっと悩んでいる。
もともと、さらっとなんて何も書けません。

しかし悩んでいるのは、さらっと書けないということなんかではなく
書いてもいいのか、ということである。

テーマは決まっている。
たまたま話したら、それを書いてみて、ということになった。
書いてみます、と返事をした。書きたいと思った。

だが、あれからふた月近くになっても、まだ一行も書いていない。
何度も書き出してみては消してしまった。
なぜ書けないのかというと、そこに他人が登場するからだ。
しかも、それは子どもである。

その子と出会ったことで、私はとても大きなことに気づかせてもらった。
だから書きたいのは、その子どものことというより
おかげさまで成長できた自分のことなのである。
その子には感謝の気持でいっぱいだから
大切に思っているから、それが伝わるように書きたい。

子どもと私との間にあった様々な具体的事実を抜きにしたら
伝えたいことがぼんやりしてしまう。
だったらそのまま書けばいい、ということには、やはり、ならないのだ。
そこに書かせてもらってもいいかと、本人に確認できないのなら。

子どもの名前を関係のないイニシャルにするとか
数人の事例をミックスして事実を多少変えるとか
私自身も本名でなく仮名にするとか
相手のプライバシーを守る策をあれこれ考えた。
考えているうちに子どもの顔が何度も浮かんで
やはり、今回は書くのをよそう、と思った。


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武田百合子が、名前を出して書いた相手からあとで抗議を受けて悩んでいたという話が
文藝別冊「武田百合子」(河出書房新社)に出ている。
これを語ったのは親友だったという女優の加藤治子だが
このインタビューはとてもいい。加藤治子がますます好きになった。
武田百合子のある一面を語った箇所。

『あるとき連載で出したもののなかでお名前を書いた方から、ちょっと抗議みたいな怒ったような電話があって悩んでらしたのね。「だけどわたしはこういうふうな気持ちでこう書いたんだけど」っておっしゃるから、「それはなんにも気にしたり怒られるようなことはないんだから」っていう話をしたことがあります。そういうことをとっても気になさるところがあったのね。もしちょっとでもその人が怒るようなことがあったとしたらって、とても悩んだりなさるの。「もっとどんどん書いたらいいのに」って言っても、どんどん書いたりなさらないのよね。ご自分に厳しいから。』


そうは言っても、武田百合子は親しい誰彼を実名で、事実を書いてしまって
そこがすごく読者の興味を惹くところでもあると思うが
その武田百合子が自分に厳しかったということはわかる。
さらっと書かれているように見える日記なども
「は」がいいのか「が」にすべきではないかなど細かい箇所を
時間をかけて何度も校正していたという話もどこかで読んだ。
作家なら当たり前じゃないかと言う人もいるかもしれないが
作家でなくとも、そうありたいと思う。

書くということは、厳しいことだと思う。
素人であっても覚悟が要る。
書きたいことのために他人を利用することになりはしないか。
もしも私が相手の立場であったならと考える。
そう思うともう、あの時も、あのときも、と頭を抱えたくなる。
それでも、書くことを続けていきたいと願うのはなぜなんだろう。

いつか、あの子のことも書かせてもらえる時がくるだろうか。
その時が与えられるように、精進したいと思う。



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Commented by saheizi-inokori at 2015-06-04 22:22
駄文を書き飛ばしている身には厳しいなあ。
いろいろ考えた上で「書きたい・書いた方が良い」と思えたら書くべきでしょうね。
そう思えないのだということなんでしょうね。
Commented by kotoko_s at 2015-06-04 22:44
☆佐平次さん
佐平次さんのコメントが、私に書くことを勧めてくれる恩師の語り口に似ていてドキリとしました。
佐平次さんの書かれるものがとても好きです^^

迷うということは、本当は書きたいのだと思います。
ですが、時期が今ではないんだ、というところで今のところは落ち着きました。
この記事も、いかにもリキンでエラソーですねえ。
でも、書いたことで落ち着きました、イヤハヤ^^
Commented by green-field-souko at 2015-06-09 04:05
たいてい氏素性が分かっている地元で「書く」というのは、
よほど大きなことだろうと思います。
でもハルさんは書いたほうがいいよ。上手いんだから。

だったら公表しない前提で、お書きになってみたらどうでしょう?
こっそりね。自由に書くのはいいよお、楽しいよお。
書くことで可視化してみる感触は、書いてみなければ得られないですし、
ブログともまた違うのではないかと思います。
Commented by kotoko_s at 2015-06-10 23:21
☆草子さん
今回は地元の媒体ではなかったのですが、地元の人の目にとまる可能性もあるというもので、それも考えました。
でも、そういうことよりもっと根本的な課題というか疑問というか。わからなければ書いてもいいのか、とか。
公表しない前提で書く、というのは、実はもうやってるんですよ^^
「書くことで可視化してみる感触は、書いてみなければ得られない」―本当にそうですよね。
まあ、私ごときが何をエラソーに、って恥ずかしくなってきちゃいましたが、それもこれも、こうしてさらしてなんぼ、のおかげかと。ありがと~(^^*
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by kotoko_s | 2015-06-04 16:36 | ある日 | Comments(4)

奥会津に暮らす


by haru
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