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ほどほど

元気だった頃の野良猫、チビ。どうです、この面構え。
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お彼岸間近になって(うっかり「MAJIKA」で変換したら「マジか」と出てうんざり)
4日間も雪が降り続き、また見上げる高さの雪の壁です。
でも今日は久しぶりに晴れてとてもきれいな空だ。

ふと居間の畳に目をやったら、何かいっぱい、落ちている。
鉢植えの植物の枯れた部分でも散ったのかと近づいてみたら
うわっ!虫じゃないか!
よくよく顔を近づけて見ると、カマキリの子どもだ。

ああ。モンシロチョウの次はカマキリか。
チョウは18日間の生涯をこの部屋で送った。
さらに小さい、しかも大量のこのものたちをどうしたらいいものか。
どうしたら、と言っても、このままチョウのように見守っているのは無理なので
申し訳ないが、のちほど外に出します。ごめんね。

わが家で生まれたチョウもカマキリの子も、可哀想だ。
本来の環境で生まれ、死んでいくのが自然の姿なのだから。

自然、と言ったとき、人間だけが、この世界で不自然なことをやっているなあと思う。
体にいいものを食べたい、というのはごく自然な発想のようだけれど
あまりに度が過ぎると、ちょっと不自然に見える。
口に入るものが安全かどうか、すべて徹底的に調べることは不可能だと思うし
もし、すべて安全であると確信できたとして、それで心から安心しているのだろうか。
安心を求めすぎて不安になっているのではと、余計な心配もしてしまう。
昔、砂糖を使った菓子を子どもに一切食べさせなかった知人がいたが
うーん、なんだかなあ、と思った。
体に悪そうなものを食べて機嫌よくなれることもあるのだが。

最近よく思うことだが、人間の欲というのは際限がない。
もっとよいものがほしい、もっと便利になったらいい、もっと長生きしたい。
誤解を恐れずに書くが、生殖医療についても同じではないかと思う。
子どもを授からないことは残念ではあっても、不幸ではない。
血のつながりにだけ執着するのをやめればいい。
それに、求めても得られないものがあると知ることは、大切なことだ。

もっともっと、という欲望が、色々と不自然なものを生んできたのではないか。
原発然り。
「神の領域」と言うが、この世界はすべて神の手の中にあると思う。
人間は傲慢になってしまった。
ほかの生きものとの調和の中に、戻ることができるだろうか。
ほどほどがいいし、そうあるべきだと思う。



※ カマキリの子ども、と思いましたが、調べたらどうやらバッタのようです。
小さく跳ねながら明るいほうへと移動していくので、バアが踏んだら大変、とビニール袋に集め、かわいそうですが外の植木鉢のそばに出しました。じっと動かずにいますが……。




Commented at 2015-03-15 19:10
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by kotoko_s at 2015-03-15 20:49
☆鍵コメさん
私も、「要らない」んですよねえ。
そういうことに積極性がまるでありません^^

おっしゃるとおり、かつては「あきらめ」の文化がありましたね。
「あきらめる」とは「明らかになる」ということだと聞きましたが、まったくそうだなあと思います。
ここの人はよく「しょうねぇ」(仕方ない)と言うんですよ。
厳しい自然の中で暮らしていると、あきらめなくてはならないことのほうが多くて、あるものの中で工夫することを考えるようになるのでしょうね。
物質的には豊富になっても、かつてに較べ今の私たちは幸福でしょうか。

原発事故によって苦悩している人々を見ながら、それでもまだ手放せないものとは何なのでしょう。もう駄目です。やめさせなくてはと思います。
Commented by saheizi-inokori at 2015-03-15 22:29
同感、欲望には際限がないですね。
未来というものを考えるようになったのが人間の進化であり苦しみの始まりでもあったのでしょう。
3000年も昔の人間には時間という概念がなかったから不満もなかったし恐れもなかったということを読みました。
Commented by kotoko_s at 2015-03-16 12:25
☆佐平次さん
時間という概念がなければ不満もないし恐れもない。考えてみると確かにそうですね!
不安に苛まれ混乱しているとき、瞑想や座禅などによって「今、此処」に意識を集中させる方法がありますが、大昔の人は意識せずともそう生きていたのですね。
人間はずいぶん進化して、色んな発見のおかげでこうしていられるわけだけれど、それだけ、すべてのことを意識的に選び取らなくてはならないし、他人と常に比較することから逃れられないから苦しみも伴う。
それでも、欲望もここまで、とどこかで境界線を引くという選択をしていくことが、これ以上の大変なことにしないための、真の知なのではないかと思います。
Commented by hanamomo06 at 2015-03-16 20:57
おばんです。
ばったの子ども達、kotokoさんの家で越冬したのですね。
我が家にも越冬隊がおります。
その方は蜘蛛、洗面所の天井に住んでおりますが、なんとなくかわいそうで寒い外に出せないのです。
でもばったなら私も潔く外かな~。

欲は際限ないですね。
原発がおきて電気が足りなくなった時、私が思ったのは「都会の電車を何本か止めればいい」と。
田舎では一時間に一本という電車が3分おきくらいに来る暮らし。
でも慣れてしまうとその3分が待てなくなる。
ちょっと怖いなあ~と思いました。

与えられるものに謙虚になる。
現代人にはこれが一番難しい気もします。
Commented by kotoko_s at 2015-03-16 23:50
☆momoさん
おばんです。
蜘蛛、わが家にもいます、あちこちに。
蜘蛛は気にならないので(天井の巣は払いますが)放っておきますが
バッタの赤ちゃんたちにはまいりました^^;
虫かごを作って入れてやればいいのですが、今回はビニール袋の口をあけたまま、雪囲いの内側に出しました。
今朝見たら、動いていたのでほっとしましたよ。

もう昔のような暮らしには戻れませんけれど、もののない時代を生きてきた人たちから学ぶことはたくさんあるなあと思います。
それから、やはり都会より、田舎のほうが気づかされることが多いですね。
乗り遅れたから次の電車まで3時間、というような不便さを知ることは、今の時代だからこそ必要なのではないかと思っています。
Commented by maco at 2015-03-25 21:56 x
欲とか便利さを求めていくときりがないですね。
私は日本を離れてこちらに来てからその事を本当に思い知りました。
日本ではすぐに手に入ったり出来ることが、すぐには出来ない、手に入らない、という環境に最初の数年はよく苛立っていました。
でも年数が経つうちに、それって本当に必要なことなのか?とも考えられるようになって、不便なことや何でも手に入らないとうことが、どんどん気にならなくなって来ています。
物があり過ぎたり、便利すぎると、何が本当に必要なのか、自分にとって一番大切なのは何か、わからなくなりますね。
Commented by kotoko_s at 2015-03-27 23:06
☆macoさん
海外で暮らしている人たちが、「日本は本当になんでもすぐに手に入ったり出来たりして便利だった」とおっしゃいますね。
私は、こちらで暮らし始めたときに、東京というところは特別なのだと初めて実感しました。真夜中でも電車が走り、必要なものはすぐ手に入り、なんでもたくさんある中から選べる、それが当たり前だと思っていると、そうでないところではストレスを感じるかもしれませんよね。
私は東京にいた頃、何も自分の手で生み出すことができませんでした。
こちらに来たら、不便であることのなんて豊かなことかと。
都会だからこその楽しみもありますが、あんまりなんでも満たされすぎると、かえって求めているものが何なのか、わからなくなるのでしょうね。
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by kotoko_s | 2015-03-15 15:37 | 3.11以後 | Comments(8)

奥会津に暮らす


by haru
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