書くということ その3

今朝、台所でトーチャンとふたり、お互い大きな図体をかわしながら
私はベラベラしゃべるのをとめられなかった。
言葉が口から勝手に出てくるのだ。

おしゃべりはいつものことだけれど、このところの妻の異常を察知したのか
トーチャンはいつものように素通りしないで、頷いてくれる。

そして突然、私は歌った。

「オラは死んじまっただー
オラは死んじまっただー
オラは死んじまっただー
天国さ行っただー

天国よいとこ 一度はおいで
酒はうまいし ネーチャンはきれいだ」

トーチャンがゲラゲラ笑い出した。

「いいぞ、いいぞ、その調子だ。もっと歌え」

私はバアが起きてきて食卓につくまで、歌ってしまった。
バアの耳が遠くて助かった。バアに「死んだ」は禁句だ。


だが。
この歌のなんて可笑しくてばかばかしく、ほろりとさせることだろう。
死んで天国にいけたのに、そこでも酒とネーチャンしか楽しみがないとしたら
人間なんてたいしたことない。いや、天国なんてたいしたとこじゃない。
ヨッパライ運転で死んだ男が
天国でも浮かれ騒いでいるので神様にお説教される。
「なあ おまえ 天国ちゅうとこは
そんなにあまいもんやおまへんのや
もっとまじめにやれ」

この神様の声は、北山修がやっている。
この人は「戦争を知らないこどもたち」を書いた人だが、本業は精神科医です。


「こんな歌、もう出てこねぇべ」トーチャンが笑っている。
そういえば、若い子たちの最近の歌って、おもしゃぐね(会津言葉で「おもしろくない」)。
やたら真面目でまっすぐで強いよね。


色々な重大なことが次々と起こったからだろうか。
「オラは死んじまっただー」などという歌詞はもう
世間がゆるさないかもな、と思ったりした。


書くことについて、ずっとぐるぐる悩んでいた。
どんなに「文章の書き方」を繰り返し読んでも
いくらよい文章をお手本にしても
思い通りに書けるようになるわけではない。

昨日ここに、書きたいことがないんだ、それがおそろしい、と書いた。

書きたいことは、あった。
それを素直に書けない理由に、ようやく向き合うことができた。
私が、福島に暮らしている、東京から来た人間である、ということ。

私のからだの中には、ふたつの感情が同居している。

感謝と、申し訳ない気持を 福島に
愛着と、あきらめを 東京に

これは、はっきりこう分かれているのではなく、時々、混ざり合ったりする。
どちらかといえば、東京のほうに、複雑感が濃く残る。
それは私のルーツのひとつが、そこにあるからだろう。

それで、最後は、どちらにも遠慮している。
だから書けなかったんだろうな、と思った。
だから、おもしゃぐねぇことばっか、書いている。

ここ(福島・会津)でものを書くということは、私には荷が重かったんだな、と
今はじめて気がついた。
これはどこにいてもそうだろうが
暮らしている時間が長くなるにつれ、当初は見えなかったものも見えてくる。

書くということは、もしかしたら、そういうことなのかな?
矛盾するように見えること、葛藤や苦しさ
それが私の感じていることなら、どうしても書きたいことなら
まずはそれを、正直に書いてみるしかないんだと思う。

もちろん、どこに書くのかということは大切。
吐き出すのではなくて。
読んでいただける言葉になりますように、と願いながら。

それから。
いつも同じことばかり書くことになってしまうのは
それしか書かないからだ。
ほかのことをこそ書きたいのならば、それを、書くべきだ。
今の私を書こう。ゆらいでいるこのままを。


頭の中を整理すると、自分とは違うものになってしまいそうなので
今のところのそのままを、ここに記しておくことにします。
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Commented by hanamomo06 at 2015-01-18 16:16
おらは死んじまっただーの歌は母に対して行き詰まると私の口から出てくる歌です。

そのままのkotokoさんを書いてください。
Commented by Hana3131H at 2015-01-18 20:11
とても良い機会を得たと思います。
kotokoさんの感性や物の見方に心動かされたからこその申し出だったのでしょう。hanamomoさんも書いていますが、悩みや迷いも含めて、そのままのkotokoさんだから、誰かに伝わることがあるんですよね。皆に伝えることは出来ないかもしれないけれど、誰かに伝わるかもしれない。。。そう思うと気が楽になれるかな。
私は仕事で人前(若者達)で話したり、文を書いたりすることがあったのですが、そんな風に思って、不安に向き合っていたかな。
こんな風に「書くということ」に真正面から向き合う機会、自分を見つめる良い機会ですね。
Commented by saheizi-inokori at 2015-01-18 22:31
おもしゃぐねえことも書いたらいいと思います。
おらはシンジマッタダ、私も酔っぱらって帰る時なんか良く口ずさみます。
Commented by kotoko_s at 2015-01-19 11:55
☆momoさん
momoさんも「オラは死んじまっただー」歌われますか。
なんか、ほっとします^^
励ましてくださってありがとうございます。
そのままの私、というのがわからなくなるのが、本当は一番困っていることかもしれません。
Commented by kotoko_s at 2015-01-19 12:23
☆Hanaさん
「皆に伝えることは出来ないかもしれないけれど、誰かに伝わるかもしれない」―ああ、そうですよね。文章は受け手の感覚で読まれるものですから、すべての人に書き手の真意が伝わることはないし、それでも、一人でも伝わる人がいたらそれだけでもとても嬉しいものだと思います。
こちらに来てから、たまたまいろんな偶然があって、地元関連のことを書いたり話したりする機会を時々いただいてきました。わざわざ言う必要もないかもしれないけれども、そこをすっ飛ばすと伝えたいことが伝わらない、というようなとき、相手の顔色を伺うような気持ちになっている自分に気づいて、とても落ち込んでしまいました。
励ましの言葉、嬉しく、感謝です。本当に、こういうときこそ、自分を見つめるよい機会ですね。
Commented by kotoko_s at 2015-01-19 12:25
☆佐平次さん
おもしゃぐねぇことも、書いてみます^^
なにをおそれているのでしょう。ね。
佐平次さんの「帰ってきたヨッパライ」、すごくいいでしょうねえ。
ありがとうございました。
Commented by stanislowski at 2015-01-19 16:59
ここに載せるのに思い切りが要ったのではありませんか?
違いを感じる事はありました。
ルーツに愛着を持つのが人格の形成の始まりと幼児教育で学びました。私も最初に来るのはやはり故郷、そして→日本という括り方かな。
あれからより一層心を占めるのは福島の安心・安全ばかり。
外にいる現在は、それを少しでもサポートできればいいいなと、間接的に動くことしか出来ません。あと在外選挙くらい。四角四面でいっても切り崩せないのは、住人ならではの愛着がそこにあるからなので、言いだいごどは、いっぱいあんだげんちょ、「ぐっ」と、堪える。
4年弱過ぎてこれから良くなるか、もっと悪くなるか、個人では到底支えきれない問題を国全体の意識に変えていかないと考えます。
書いてくださったので、私もコメントしてみました。独りよがですみません。
Commented by poirier_AAA at 2015-01-19 21:06
その、おもしゃぐねぇことを書く、というのが難しくて。すっかりいやになってしまって、どうでもいいことを書いて誤摩化している毎日です。

>このところの妻の異常を察知したのか

家でも似たようなことがあったので、ちょっと可笑しくなりました。
違うのは大きな図体と小さな図体であるところ。
kotokoさんのトーチャン、いいトーチャンですね!
Commented by kotoko_s at 2015-01-21 10:56
☆ stanislowski さん
ここにこの記事を書くことには、あまりためらいはありませんでした。
書くことについて、私なりに本当に真剣に苦しんでいたので、いつもは意識して書かない部分を書くことは、自分自身にとって意味があると今回は思ったのです。
いつもは書かない部分とは、自分が福島に住んでいる、東京出身者である、というところですが、そのことが今の自分、これからの自分にどんな意味があるのか、それはまたいつか、もう少し考えてから書けたらいいなと思っています。
故郷を離れてみて初めて、自分のルーツや育ってきた環境について考えたり、そこにいたときには感じなかったような親しみや愛着を覚えたりするということは、きっと誰にもあるのだろうと思います。 stanislowski さんが故郷を思うお気持は、私が自分のルーツを思うことなどよりはるかに強く、また特別なものだろうと思っています。
昨年の秋、親しい友人たちが会津に遊びに来ました。とても喜んでたくさんのお土産も買ってくれた。風評被害を案じてくれたのでしょうが、伝統工芸の職人さんに「東京オリンピックでこちらにもきっとたくさんお客様が来ますよ」と言ったのです。相手は苦笑していましたが、友人にはなんの悪気もない。私は友人に、何も伝えられませんでした。
ここまで来てくれた友人たちには、むしろ4年前のことは遠くなったのです。
私が東京に対して「愛着とあきらめ」を感じるのは、そういうことからでもあります。福島に申し訳ないと感じるのも。こちらで初めての方に「どちらから?」と聞かれたとき、東京出身ですと言うのが。。。
福島へは、やはり、感謝なのです。福島、というより、やっぱり、この自分の家族なのですよ。そういう意味では、故郷は一箇所ではありません。そんなことも、いつか書けたらいいな。
お返事にかこつけて自分のことを書いちゃった^^
もしかしたら、ご不快に思われる記事だったかもしれませんが、そうでしたらごめんなさい。お読みくださって、こうしてお気持ちの一端を書いてくださって、とても嬉しく思います。ありがとうございます。
Commented by kotoko_s at 2015-01-21 11:23
☆梨の木さん
うふふ、梨の木家でも、妻の異常事態を察知された方が。
梨の木さんは小柄でいらっしゃるんですよねえ。
もうそれだけで、図体のデカイ私などはうらやましくてもだえます^^

おもしゃぐねぇことって、色々解釈できますね。
自分のありのままを書こうとする態度はだいじだなあと、あらためて佐平次さんや梨の木さんにいただいた言葉を読みながら、思いました。
大きなことが身近に起こると、そしてそれについて遠くの人たちがいろんなことを書いたり言ったりするのをイヤでも見聞きしてしまう状況が続くと、非常にくたびれますね。
ですが、どうでもいいことを書くのは、素晴らしいことだと思います。
本人にとってはどうでもいいこと、と感じても、読者はそこに何か感じるものを見つけたりしますものね。
毎日何かしら書く、これは、私の憧れ、理想なのです。

我が家のトーチャンは、たしかにいいトーチャンですが、梨の木さんのトーチャン(あ、フランスではなんと言うのかな)さまは素敵です!
お読みくださって、コメントいただけて嬉しいです。なんだか、ふうっと肩の力が抜けました。ありがとうございます。
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by kotoko_s | 2015-01-18 14:29 | ある日 | Comments(10)

奥会津に暮らす


by haru
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