書くということ

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今年初めてなので干支の羊(ご近所の緬羊です)


あるところに拙文を載せてもらった。
それが、このところの「ふさぎの虫」の原因である。
時間が足りなかった。推敲がまったく不十分だった。
いや、たとえ時間的に余裕があったとしても、そもそも力がなかった。
恥をかいた。やめておくべきだった。などなどなどなど。

もう十分、ぐだぐだと「いまさら仕方のないこと」を自分の中で繰り返したので
さあ、ここから学ぶべきことを探さねばならない。


身近に置いている本の中に
「文章の書き方」(辰濃和男 岩波新書)がある。

何回も読んでいるが、今回あらためてズキンときた箇所ばかりなので書いておきたい。


「書きたいことを書くといっても、胸にたまっていたものをそのまま吐き出せばいいというものではありません。胸にたまっている混沌としたものが、しだいにある形を整えてくる。書こうとすることによって、より明確な形をおびてくる。あるいは書いているうちに、より明確な形をとる。それを待たねばなりません。思いが整い、言葉が整ってくる、という過程が大事です」


「平明な文章を書くうえで大切なことは、一にも二にも『このことをしかと伝えたい』『この気持ちをわかってもらいたい』というあふれる思いがあることです。(略)しかと伝えたいこと、わかってもらいたいことがあるのだが、言葉が出てこないというときは、その正体を問いつめてみることです。思いが煮つまるのを待つことです。思いが煮つまれば、言葉は自然に出てきます。伝えたいことの内容があいまいなままでは、伝えられるわけがありません」


「わかってもらうためには、読む人の側に立ってみることです。(略)常に読む人の側に立ち、こういう言い回しだったらわかってもらえるだろうか、と工夫に工夫を重ねる。(略)読む側に立って自分の文章を見る想像力は、実は大変なエネルギーを要することなのです」


「文章の品格というものは、技術を超えたところにあります。文章技術はむろん大切ですが、それだけでは『品格』という巨大なものを肩にかつぐわけにはいかない。人間全体の力が充実しないと、肩にかつぐことはできないもののようです」



誰にも読まれないことを前提で書く日記は別として(それはそれとして意味があると思う)
ひとは、やはり、伝えたいから書くのだと思う。
感動や悲嘆や苦悩を、誰かとわかちあいたい。
ここにある今を、遠くの人たちに伝えたい。
言葉は、そのためにあるのだと思う。


「この世の中を、さまざまな思いで生きている人びとへの、強い好奇心があるかどうか、人に学びたいという強い意欲があるかどうか。そういう好奇心や意欲を失ったとき、文章も命を失います」

                           (以上、緑色の箇所は「文章の書き方」より) 



好奇心や意欲は、謙虚さと共にあるはずだ。

文章を書く、ということは、まさに「私はこういう姿勢で生きているのです」と表現すること。
私は謙虚であったか。
拙いものを読んでくださる方々への感謝を忘れずにいたか。
こんな機会をいただけたことに、心からありがたいと感じていたか。
慢心してはいなかったか。

ヘンな言い方だけれど、失敗に、感謝している。


                               



パリでの悲惨な事件をテレビのニュースで見ている。
ペンや鉛筆を胸や頭にさしたり、大きな鉛筆を掲げて行進している人々の姿があった。
「テロに屈しない」「真の知性で闘う」という言葉も聞かれた。


ショックと悲しみに包まれている人々の上に、深い慰めがありますように。

そして、とても気になっていることもある。
イスラム教徒である人たちも、悲しみ、苦しんでいるだろう。

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Commented by saheizi-inokori at 2015-01-12 10:35
イスラム諸国の哀しみの原因を作ったのがヨーロッパの帝国主義、そう思ってあのニュースを見ていると世界は悲しくなるようにできているのかとも思います。
イラク派兵なんてずっと大きなテロですものね。
Commented by kotoko_s at 2015-01-12 22:47
☆佐平次さん
如何なる理由があっても、ひとを殺すということは許されませんが、そこにいたるまでの長い歴史と今回のことが無関係であるはずがありませんね。
聖書に手を置いて誓う人が他国へ踏み込んでいくことを正義とするなど、信仰とはなんだろうといつも考えてしまいます。そして、日本も。侵略した側ですから。
憎しみの連鎖とならないことを祈っています。
Commented at 2015-01-13 06:57
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by kotoko_s at 2015-01-13 10:41
☆鍵コメさん
励ましてくださってありがとうございます。
そうですよね、悔いるだけに終らせないで、これを次に生かす糧としなければと思います。
最初は自分の力のなさを嘆いていましたけれど、そのうちにはっと気づきました。
問題は能力云々ではなく、傲慢だったのだと。
知っている、慣れている、と慢心すると必ずこういうしっぺ返しがきます。
まさに、文章を書くということは、自分の生きる姿勢があらわになることと、あらためて恥じ入りました。
楽に書けているように見える作品ほど、推敲が重ねられているのだと思います。
まして素人なのですから、もっと謙虚にあるべきでした。
よい機会をいただけたと感謝しています(^^*
Commented by mi-mamam1 at 2015-01-13 20:29
はい、私も謙虚でありたいです。

伝えたいことが明確にあって、それを品格つまり全人格をもって伝える。ということは、人格を磨くことに尽きる。

生きている間ずっと、磨かねばならないということですね。
肝に銘じて、この意欲を失わないようにしなければ。

良い記事を拝読させていただきました。
Commented by kotoko_s at 2015-01-14 00:30
☆ mi-mamam1 さん
「生きている間ずっと、磨かねばならないということ」―そうなんですよねえ。
生きてゆくとは、そういうことなのだと思いました。
成長したいと願いながら、自分を磨き続けてゆくことなんだと。
今回の私の「失敗」は、もしかしたら、ほとんど読み流してもらえたかもしれない箇所ですが、よく見直しさえすれば気づくことができたのです。
それに何よりも、全体として何も伝わらないものだった、と恥ずかしくなったのです。ちょっと気負い過ぎかもしれませんが。
これが今の自分、と受け入れて、それなりに一所懸命やったことも認め、この先はもう少し、ましになってゆけるようがんばってみたいと思います。
お読みくださって、コメントもいただけて嬉しく励みになりました。ありがとうございます(^^*
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by kotoko_s | 2015-01-12 10:20 | ある日 | Comments(6)

奥会津に暮らす


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