好きなことを

ここしばらく、体中に反響するように、湧き起こってくる感覚。

もっともっと、自分のために時間を使いたい。

おやおや、ずいぶんとわがままなんじゃないの?
とたんに、そう囁かれる。

よく耳を澄ませば、それは自分の声である。

好きなことに夢中になっていると、ふと、後ろめたいような、落ち着かない気分になることがある。
自分の楽しみだけにうつつを抜かしていて、いいんだろうか?と。

時々、「誰かのために」「あなたのために」を前面に打ち出していることに気づいて、恥ずかしくなる。
楽しんではいけないとか、満足してはいけないとか、不思議な呪文がわたしにはかけられている。わたしがちょっと我慢すればまるくおさまるんだったら、喜んでそうする、と思っていた、あのちいさな「おねえさん」の呪文。

ほんとうはね、子どものこころで生きたいと思っているの。
好きだったこと、夢中になったこと、あの世界にためらわずに飛び込んで生きていたい。なにかのためではなく、ただ。

たぶん、いちばんほしかったものが欠けたままおとなになった。
得られなかったカケラをまだ、求めている。
だけど、自分を満たすのは自分である。
カッコつけてるわけじゃないんだけど、もうそろそろ、自分を信じきっていこう。
それをしていると楽しい、幸せだと感じることに、エネルギーを使おう。
そうしたところで、身勝手にならない、わがままにならない分別はあって当たり前の年頃です。

好きなことをしていると、心がぐんと広がる。機嫌よくいられる。
感謝に満たされる。
ゆったりとして、隙のあるひとになれるかもしれない。
キチキチしていない、スキのあるひとって、ステキじゃないですか。

何よりいいのは、自分の人生を「誰かの」「何かの」せいにしないということだ。


「すべき」「ねばならない」から解放されよう。
呪文を解くのは、おとなになったわたしだ。



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Commented by mi-mamam1 at 2014-04-16 20:54
うん、うん。
そうだ、そうだ。

 >>何よりいいのは、自分の人生を「誰かの」「何かの」せいにしないということだ。

「すべき」「ねばならない」から解放されよう。
呪文を解くのは、おとなになったわたしだ。<<

呪文を解くのは、、おとなになった私自身。
この「おとなになった」が実感できない私です。

分かっているのに、まだまだ、「すべき」「ねばならぬ」から解放されない。

それだけ縛りが強かったということで、自分を自分で慰める。それでいいんだよと言ってあげたい。言ってあげられるのは自分しかいないから。

いくつになっても「おとなになる」のは難しいです、私には。
自分を自分で追いつめている。
ゆったりとした春を早く迎えたいです。

そのためには、
自分の中の子どもの自分を満足させてげないといけないのでしょうね。
何をしたら、満足してくれるんだろう、私の中の私。

欲たかりで罰当たりそう…これも呪縛か。。。




Commented by kotoko_s at 2014-04-17 17:03
☆ mi-mamamさん
ありがとうございます、この記事にコメントいただけて非常に嬉しいです^^

>この「おとなになった」が実感できない私です。

実は私も同じですよ^^もういいおとななんだから、と自分に言い聞かせているところがありますね。
過去に起きた様々なことの背景、事情にも思い至れるようになり、知的には年相応に理解できても、心の奥に潜んでいる傷を負った子どもは何度でも目を覚まして泣くんですよね。そのたびに、もうひとりの自分が母となって「よしよし」をしてやるわけですが。
たぶん、誰でも似たようなことを無意識にやっているのだろうと思うのですが、それをことさらいちいち意識しなくてはならないことがしんどいです。これも授かった試練でしょうか。
交流分析ってありますよね。社会的には適度なCP「ねばならない」がないとやっていけませんし。自分を追い詰める、これは苦しいですね、わたしもそうなので……すべてはOkなんですけれど。
なんだか、似てる、かな?^^
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by kotoko_s | 2014-04-15 23:07 | ある日 | Comments(2)

奥会津に暮らす


by haru
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