言葉以前

一昨日から、またテープ起こしを始めた。今回のテーマには心が揺さぶられる。

言葉遣いであるとか、言い回しであるとか、言葉というものが気になる、こだわるたちだが、それは人と関係を結ぶのに言葉というものが不可欠なものだと信じているからだろう。

いま聞いている話は、そうした言葉より前の世界に生きる人たちのことだ。

重い精神病のために、それまで獲得したはずの言葉を失う人たちがいる。
失う、というより、必要としない、と言ったほうがぴったりくるかもしれない。言葉よりも、もっとそれ以前のぬくもりの中で伝え合っていた、赤ちゃんの世界に帰っているかのようだから。その感覚をこそ求めているから、言葉など必要としなくなったのかもしれない。

退行というかたちで言葉を失った人たちの「非言語のコミュニケーション」について、様々な事例を聞いていると胸を衝かれる。涙が出る。自分の消えてしまった記憶も呼び覚まされるようだ。
実際にその世界にいる人たちがどんな感覚なのか、どんな苦悩を感じているのかはわからない。私にはこうして気持や考えを書いたり話したりといった行為があたりまえになってしまっているから。

でも、あまりにも言葉というものに頼りすぎてはいないかと思った。
相手が何を感じているか、言葉でわかろうとし過ぎてはいないか。
固く閉じられた扉を開いてもらおうとするとき、言葉よりも効果的なノックの仕方がある。これは精神病だけに限らず、赤ちゃんも認知症の人もそうかもしれない。

読みたい本リストに追加―「精神病者の魂への道」(シュヴィング)
日常にはない世界、と一瞬思ったが、誰のことよりもまず、私自身のために大きな気づきを与えてくれそうだ。
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by kotoko_s | 2014-02-10 00:11 | ある日 | Comments(0)

奥会津に暮らす


by haru
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