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しんしんと

手仕事が始まると、本を読まなくなる。
それはそうだ。手元を見ながら本にも目をやるというのは無理だもの。
だから冬の読書の主な場所は、トイレになる。
トイレの棚に並べている数冊の中では、「富士日記」を開くことが多い。小説だと途中でやめるのが難しくなるから日記がちょうどいいのと、ここしばらく、長いものはしんどい気分。

「富士日記」は何遍も読んでいるが、今日、はっとする箇所があった。
『しんしんと暑い。』
山の家で過す夏の一日のおわりに、「しんしんと暑い。」とあった。

「しんしんと」の次にくるのは「降る」ではなかった。しんしんと降る雪、ではなくて、暑さの表現だった。
それから『夕焼けがした』という言い方が何箇所か出てくる。これもおもしろいなあと新鮮なのだ。夕焼けは「する」ものだったのか。当時、そういう言い方が普通だったのか。武田百合子の文章は、ごく普通の言葉で書かれているようなのに、紋切り型の表現や使い古された言い回しが出てこない。きっと普段から自分が感じた様子を、頭の中で既成の言葉に簡単に置き換えたりしないのだと思う。

辰濃和男「文章の書き方」「文章のみがき方」が好きで、これも時々読む。
今朝、「文章のみがき方」をぱらぱらしたら、ちょうど武田百合子のところが出た。その章のおわりに、宇野千代の言葉があるので抜粋。

『①毎日、机の前に座る。
②なんでもいいから、書く。間違っても「巧いことを書いてやろう」「人の度肝を抜くようなことを書いてやろう」などと思ってはいけない。
③最小限度の単純な言葉で、あなたの目に見えたこと、あなたの耳に聞こえたこと、あなたの心に浮かんだことを書く。』

画家のマチスが、毎朝決まった時間に画室に入り、決まった時間まで描いていたという話を、展覧会の図録かなにかで読んで、マチスが好きになった。あんなに自由闊達な印象の絵が生まれる前に、勤勉な日課があったことがなんとなくうれしい。才能だけじゃないのかもしれないと思わせてくれる。とにかく毎日、そこに自分の身を置いてしまうことからしか、なにも始まらないのだなと思う。
正確に書くということも、案外、難しいものだ。私が見たもの、聞いたこと、考えたり感じたり思ったりすることを、飾らずに素直に、正確に書く。これができたらなあ。その練習にこの場所があるのです。

毎日、まず座る、という話をしながら、明日はここを休もうと思う。
ここだけでなく、一日、パソコンの電源を入れずに過そう。手仕事と家族との一日。本もすこし、読みたい。


富士日記〈下〉 (中公文庫)

武田 百合子 / 中央公論社




文章のみがき方 (岩波新書)

辰濃 和男 / 岩波書店


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by kotoko_s | 2014-01-18 23:09 | 読む | Comments(0)

奥会津に暮らす


by haru
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