老い

80代半ばのひとを訪ねた。はじめて会う方だった。
「よく来てくれた」「楽しかった」―帰り際に何度も言われる。
雪の舞う中を、いつまでも表に立って見送ってくださった。
胸のあたりが落ち着かないような、居心地の悪いような感じになる。
こんなに大事にしていただけるほどのことを、私はこの方にしていない。仕事で行っただけなのだ。

こういうことは今回だけではなく、高齢の方を訪ねるとたいてい、こんなふうに歓待される。
何もおかまいなく、と言う間もなく、こたつの上に漬け物や干し柿、煮物など手づくりのお茶うけが並ぶ。
春まで時間はたっぷりある、と笑いながら、話は尽きることがない。楽しい。
手仕事をお土産に持たせてくれることも度々。
もったいない、私なんかに、と恐縮すると
「子どもはみんな、いらないっていうから」―どのひとも、息子や娘は遠くで暮らしている。

実家の老親を思い浮かべる。
家にあるものを持たせようとする母に、若い私はいつも「いらない」と断った。
自分にとってそれが必要でなければ「いらない」。
母もまた、「娘はいらないって言うから」と、よその娘さんにいろいろなものをあげてきたのだろうか。

この土地に来てから、おばあさん、おじいさんの話をたくさん聞いた。
ことに女のひとの発する言葉には、体験したひとでなければ出てこない、生々しいものを感じた。
『老人がひとり亡くなるのは図書館がひとつ消えるのと同じ』という。
その図書館に収められた本はどれも、その人が自分の目で見、耳で聞き、歩いてきた景色なのだと思う。

私は母の言葉を、まっすぐに、心を真っ白にして、受けとめたことがあったろうか。
「いらない」と置いてきてしまったものが悔やまれる。

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by kotoko_s | 2014-01-06 23:55 | ある日 | Comments(0)

奥会津に暮らす


by haru
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