生きたいように

この冬はほとんど家から出ずに過している。それが不思議と苦にならない。
こんなに楽な冬は、この地に来て初めてではないか。豪雪地には珍しく、雪の少ない冬(といっても周りはまだ1メートルを越す雪の壁だが)ということも大きいが、なにより、家の中に誰がいようと、好きなことができるようになったからだろう。

昨日はすこし吹雪いていたが、空は弱い光ながら明るかったので、いつもより遠くのスーパーに出かけた。道の雪も日陰以外はほとんど消えて、運転が楽だった。
買物をすませたあと、いつものように隣りの本屋で立ち読みする。DVDのレンタル屋に申し訳程度にくっついている本売り場だが。
平台の雑誌の表紙を眺めながら歩いていたら、バーンと「草間彌生」が飛び込んできた。真っ赤なおかっぱ頭に水玉のワンピース。『婦人公論』の『人』が水玉になっている。その表題の上に
「生き続けていなければ自殺していた」
うん。生き続けていなければ自殺していた。このひとの人生を思えばまさにそうだと、このヘンな言葉に納得しつつもう一度見ると、「描き続けていなければ」だった。
グラビアの写真がすごくカッコいい。篠山紀信だ。それにしても草間さんはきれいだなあ。桃色がかった色白だ。迷わず買い、車に戻ってゆっくり記事を読む。

「子どものときから無我夢中で、毎日毎日、たくさんの絵を描きました。その間に精神科医がいろんな症状を治してくれましたけれど。それでも、とにかく描いてないと、鬱になって、大変なことになります。絵を描くのに夢中になると気持ちを転換することができるのですが、四六時中絵を描いていないと自殺しそうで大変なのです。
だから、生きたいように生きることは、幼い頃から私にとって必然のことでした。」
                                (婦人公論2014/2/22号)


強迫神経症、統合失調症による幻聴や幻覚から逃れるために描き続けられた膨大な作品は、作家自身を守る―「耳なし芳一」の全身に書き込まれたお経のような―呪文であるともいわれる。
1929年(昭和4年)生まれの83歳。

「世間の目や、古い道徳にしばられて、ただお嫁に行くのを待つよりも、スーツケースひとつさげ、物乞いをしても、野宿をしても、自分の好きなことをして生きるべきなのだ。私のように。」                 (婦人公論2014/2/22号)


今回はこれが私に与えられた生き方だったんだなと、私は最近になってようやくあきらめがついた。
苦しいとき、もうダメ感に堕ち込んでいるとき、草間彌生の目を見ると、ほっとする。あの痛いように強い、宇宙を凝視しているかのような澄んだ眼差しを見ると、同志を得たような心もちになる。
誰といようが、ひとりでいようが。どこにいようと。
自分自身でいたい、ただそれだけをずうっと願っている。


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# by kotoko_s | 2014-02-19 14:05 | 読む | Comments(0)

夫と街へ出る。初売りに出かけて以来だから、ひと月以上ぶりだ。冬は雪道運転が怖いので、ひとりでは遠出しない。
いつものショッピングモールをなんとなくぶらぶらして、いつものように本屋で待ち合わせし、遅めのお昼を一緒に食べる。彼はカキフライ定食、私は鍋焼きうどん。カキフライは小さい。海老を1匹、夫にあげた。

「オール讀物」3月臨時増刊号を買う。表紙に、今回の直木賞に決まった姫野カオルコと朝井まかてが並んで立っている。この2人と、私は同年代なんだな。

夫の靴を買う。履いてきたものは底が擦り切れて捨てたいという。片方にちょっと足を入れてすぐ「お、これいいな、これでいい」と言う夫に「だめだよ、靴はちゃんと両足履いて歩いてみないと」と何度も言う。店員さんがいつのまにかいなくなったので、何足も勝手に持ってきては試し履きして、決めた。履いてきた靴は処分してもらう。

帰り道、澄んだ水色の大きな空が気持よかった。山々の頂のあたりに薄い雲がたなびいて、陽炎のように見える。歩けば風は冷たいけれど、もう真冬の鋭さはない。山裾に広がる平野はまだ一面の雪だが、日当たりのいい場所にはいろんな色が見えている。屋根の赤や青。
トンネルを抜けると、道の両脇の雪の壁が一段と高くなる。杉木立ちの黒っぽい景色に変わる。夕方4時というのにまだ明るい。日が長くなった。

義母に、福田こうへいのCDを買った。いいなあ、上手なんだ、好きだ、と何度も言っていたので。
さっそくかけて大音響で聴いている。演歌は、私にはやっぱり苦手だが。
歌詞カードの字が小さくて読めないので、拡大コピーした。1枚コピーして確認すればいいものを、全部やってしまった。まだちょっと見えにくそう。もっと大きくしたほうがいいみたい。
なのに、「しあわせだ、こんなによくしてもらって」と言ってくれる。

老いた義母をひとり家に残して、ふたりで出かけたことがちょっとだけ、申し訳ない気持だった。だから早目に帰ったのだけれど、あんなに喜んでくれて、なんだかもっと胸がぎゅっとした。お義母さん、ありがとう。
それからとーちゃん、今日は久しぶりに一緒に出かけられて嬉しかったです。ありがとう。
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# by kotoko_s | 2014-02-11 23:37 | ある日 | Comments(2)

言葉以前

一昨日から、またテープ起こしを始めた。今回のテーマには心が揺さぶられる。

言葉遣いであるとか、言い回しであるとか、言葉というものが気になる、こだわるたちだが、それは人と関係を結ぶのに言葉というものが不可欠なものだと信じているからだろう。

いま聞いている話は、そうした言葉より前の世界に生きる人たちのことだ。

重い精神病のために、それまで獲得したはずの言葉を失う人たちがいる。
失う、というより、必要としない、と言ったほうがぴったりくるかもしれない。言葉よりも、もっとそれ以前のぬくもりの中で伝え合っていた、赤ちゃんの世界に帰っているかのようだから。その感覚をこそ求めているから、言葉など必要としなくなったのかもしれない。

退行というかたちで言葉を失った人たちの「非言語のコミュニケーション」について、様々な事例を聞いていると胸を衝かれる。涙が出る。自分の消えてしまった記憶も呼び覚まされるようだ。
実際にその世界にいる人たちがどんな感覚なのか、どんな苦悩を感じているのかはわからない。私にはこうして気持や考えを書いたり話したりといった行為があたりまえになってしまっているから。

でも、あまりにも言葉というものに頼りすぎてはいないかと思った。
相手が何を感じているか、言葉でわかろうとし過ぎてはいないか。
固く閉じられた扉を開いてもらおうとするとき、言葉よりも効果的なノックの仕方がある。これは精神病だけに限らず、赤ちゃんも認知症の人もそうかもしれない。

読みたい本リストに追加―「精神病者の魂への道」(シュヴィング)
日常にはない世界、と一瞬思ったが、誰のことよりもまず、私自身のために大きな気づきを与えてくれそうだ。
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# by kotoko_s | 2014-02-10 00:11 | ある日 | Comments(0)

ニセモノ

佐村河内守という、読み方によっては神様みたいな名前のひとが、ウソをついていたということがわかった。
私もNHKで彼のことを知り、感動したひとりだ。ニュースを聞いて吃驚した。

有名人の作品にはゴーストライターがいるというのは暗黙の了解になっていたりもするが、だから今回のこともよくあることだよ、で片付けてしまえない気持の悪いものを感じる。
その気持悪さがどこからきているのか、自分でもまだ整理できない。

まず思ったのは、誰も音楽そのものについて言わないな、ということだった。
私はCDを買うほどの関心もなかったが、実際にコンサートにまで足を運ぶ熱心なファンとなった人たちは、今回の騒動をどんな気持で受け止めたんだろう。
騙されたから怒っているのだろうが、「音楽は素晴らしい」と影武者を絶賛したひと、いるのかな。
友人は、「あんな素晴らしい音楽をつくれるのに、なんで自分の名前で出さなかったんだろうねえ」と、影武者だった人のことを不思議がった。
まったく影武者のひとだけの力であれができたわけじゃなく、こういう感じで、という注文みたいなものが佐村河内さんから出されて作ったことも明かされたので、そうなるといったい、誰が純然たる作者なのか、そのあたりも私にはよくわからない。

佐村河内さん、と今でもテレビでは言っている。逮捕されたわけじゃないから敬称がついている。これもなんだかへんな感じだ。誰も彼を尊敬しなくなったのに。

全聾で、被曝二世で、苦痛に耐えながら作曲し続けてきたという、彼の物語にみんな心が揺さぶられたんだなあと思う。純粋に音楽そのものに感動したというよりも。
芸術とはなんだろうと思う。
事前に何の情報も入れずにひとつの作品に対したときと、それが生まれた背景を知ってからそうするのと、まったく同じ状態で受けとめられるか、ということも考える。
どんな芸術であろうと作者の人生が投影されるのは当然のことだと思うし、芸術とはそういうものだと思う。苦悩の中からしか生まれ得ないものがあり、だからこそ多くの人がそこに自身の苦悩を投影したり、カタルシスを得たりするのだと思う。
でも、あの素晴らしいと絶賛された楽曲は、作者と偽っていた彼の人生とは無関係のものだった。ということになるのだろうか。そこも考えれば考えるほどもやもやとわからなくなる。
騙されたまま感動していた私は、ばかみたい、である。でも、一体、何に感動したんだろう。

障碍をもつ友人たちや、そういう子どもと共に生きている友人たちがいる。佐村河内というひとが広島や、東北の被災地の子どもたちと関わった場面もテレビで見たけれど、特に子どもたちに対してなんてことしてくれたんだと思う。「よくあることだよね」ではすませたくない、おぞましいものを今回のことに感じないではいられない。

人間ってほんとうに、すごくすごく弱いんだなと思う。虚栄心とか、過剰な自己顕示欲とか、お金とか、いろいろ。
それにしても、世間を騙す以上に、何より自分を欺き続けていることに、よくそんなに長い間耐えられたなと思う。
どんなひとだって、そんなにきれいじゃないのだけれども。
でも、やってはならないことだった。
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# by kotoko_s | 2014-02-08 11:59 | ある日 | Comments(2)

ハトの目

今朝、夫がテレビを見ながら「たいしたもんだなあ、こんなに喋れて」と言った。
インタビューされた若いひとのコメントを聞いて、感心したようだ。

私は夫に感心した。
常々、私はうるさいなあ、と自覚している。テレビで喋っているひとの言葉にいちいち反応し、コマーシャルにいちいち反応し、ドラマのセリフにもいちいち反応する。
朝のNHKニュースがその日最初のターゲットで、今朝も「まちかど情報室」にすぐさま反応し文句を言った。

だが、夫は「そうだな」と笑っているだけでおいしそうにごはんを頬張り、さっさと出勤準備に立っていった。私の文句に本当に「そうだな」と思っているかどうかも怪しい。たいてい、笑ってすませるひとである。

そうなんだなあ。たいていのことは、笑ってすませられることなのかもしれないよ。
私のように「取っ手とお皿がくっついたカップなら、コーヒーをこぼしてもテーブルが汚れません」なんて、だったらそのお皿にこぼれてたまったコーヒーは飲むときこぼれるんじゃないの、とか、「この濃さが○○○○」とジュースの濃厚な味わいを宣伝した同じ口で「ライト売れてます」ってなんだよ、とか、「総理にお聞きをしたいと思うところでございます」の「お聞きを」って日本語ですか、とか、いちいちいちいちうるさいことを、夫は言わない。

子どもの頃、「ヘビの目で見るか、ハトの目で見るか」と、母がよく言っていた。
同じことでも、意地悪な気持で見るのと、おおらかな優しい気持で見るのとでは、自分の心もちがずいぶん違う、というのだ。
ここで大事なのは「自分の心もちが違う」という点だと大人になって気づいた。相手のことは相手の領分だ。
そういえば、小学校の卒業文集の「将来の夢」という作文に、私が『工芸家か小説家になりたい』とだいそれたことを書いたのを、先生から「評論家になるといいですね」と笑われたと母が後日言っていた。子どもの頃からうるさかったのだ。

まずは今日一日、なるべくハトの目で物事を捉えたいと思います。

でも、ハトの目って、ちょっと怖いんだけどね。
というようなことを、言わないようにします。
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# by kotoko_s | 2014-02-06 09:43 | ある日 | Comments(0)

奥会津に暮らす


by haru
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