君は宝

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また雪になった。
早起きのトーチャンが道踏みから戻り「40センチ」と言う。
デイサービスのお迎えが来る前にもう一度踏む。
バアをソリにのっけて送り出してから、さて今日は一日家にいようと決めた。
いつもならバアのいない日は出かけてしまうのだが、こんな雪の日はやめておく。
運転の心配より、留守中に溜まる雪のことを思う。

時々、テープ起こしの仕事をしている。
昨日1本終えたところで、今日は休憩だ。
「LA LA LAND」を流しながら、久しぶりにゆっくり過ごそう。

「テープ起こし」とはカセットテープ時代のまま、今も使われている呼び名だが
実際は録音された音声データをパソコンに送ってもらい、文字にする。
私のように家を離れることが難しいものには都合のいい仕事だ。
が、やったことのある人ならわかっていただけるだろうが、これはめちゃくちゃきつい。
何時間もパソコンの画面を見つめていると、全身バキバキに凝って疲労困憊。
何度聴き返しても聴き取れない箇所もある。専門用語は調べなくてはならない。
滑舌のよくない話者の場合には正直、いらいらもする。
その上、作業費は信じられないほど安い。
それでも続けているのは、これが私にとって意味のある仕事だからだ。

やっているのは、ある精神科で毎月行われているセミナーの記録である。
毎回、ドクターの話と様々な事例を聴きながら反応が起こる。
私自身うつ病で苦しんだ時期があり、今もその傾向は消えたわけじゃない。
だから似たような事例を聴けばフラッシュバックして具合が悪くなることもある。
それでも聴きたい、知りたいと思う。
病気のメカニズムや歴史、精神医学のごく一端でも。学びは自分の力となる。
いつか、これらの言葉が必要とする誰かのもとに届く日を願いながら文字に起こす。


疲れきった青年が呟く。「死にたいです」
ドクターが静かに、熱心に語りかける。
「死んじゃ駄目だよ、絶対に。
宝なんだから。君は、僕らみんなの宝なんだから」


これは2年前のことだったが。今、この青年は生きている。

私は、病気になってよかったと心から思う。
苦しんでもがいて、まったくのお手上げ状態になって初めて見えるものがあったからだ。
与えられるものは苦しみでさえ(だからこそ)、意味があるのだと思えるようになった。




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# by kotoko_s | 2017-03-08 12:59 | ある日 | Comments(4)
久しぶりに映画を観た。
映画館で観たのはいつ以来だろう。
何しろ近場に映画館のない土地である。雪の多い季節に遠出は難しいし。
ようやく3月。
「今冬もよく頑張ったで賞」を自分に贈呈する時期がきた。
ただ冬を過ごしただけでなにそれと言われそうだが。

観たくて観たくていてもたってもいられなかったミュージカル映画『LA LA LAND』。
ちょうど行きやすい距離のところで上映中なのは幸運だった。
館内には30人いたかどうか、土曜日でこの作品で、ウソでしょう、というゆったりさ。
小さいスクリーンだが、なんといっても劇場だもの。
本当に映画館で観ているんだという状況にも感激していたのだが
映画が始まった途端、もうほとんど泣かんばかりになってしまった。

せつなくて胸がいっぱいになる。
悔い多き自分の人生も花束で祝福されたよう。
すべての夢見る人にYesが贈られる映画だった。
役者も音楽も素晴らしい。心が震えた。

日帰りしようと思えばできない場所ではなかったが、一泊して本当によかった。
宿では本を読むか何かDVDを観ようかと思っていたが、余韻にくるまれて早く休んだ。
誰かと今観てきた映画の話をしたかったが、一人だったし。
妹にメールしたら「よかったよかった、私は3回観た」と返ってきた。

翌朝、帰る前にもう一度観た。
これが舞台だったら、会場総立ちで拍手喝采だっただろう。
私は2日間とも、エンドロールの前後にひとり、小さく拍手した。
帰宅してインターネットでサントラを注文する。
観る前はなるべく情報を入れないが、いまや動画を片っ端から見ては思い出に耽る。
明日からは何があろうともがんばれる気がする。


私は映画が好きだった。いろんなことを思い出した。
大都会に住みたいとは思わないが。
映画館のある、せめて近くにある土地で晩年は暮らしたい、と本気で考えた。







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# by kotoko_s | 2017-03-05 23:00 | 観る | Comments(8)

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2月最後の日は輝くような青空が広がった。
朝、義母の薬をとりに山を下りる。
玄関から表までの雪道もすっかり固く締まったから、長靴はやめて普通の靴を履く。
足首のあたりがちょっとすうすうするけれど、軽い、軽い!
雪を渡ってくる風の鋭さ、頬を刺す冷気。
それでもこの明るい空!まぶしい光。
なんという恵みだろう。

2階の窓を開け、洗濯物を干す。
カタユキの上を縦横無尽に走るケモノたちの足跡。
遠くで除雪機の音が響く。

午後、いつものように仕事を始めるが、部屋一杯に差し込む光にそわそわする。
とてもじゃないが、こんな素敵な日にパソコンなんかにつきあっていられますか。
袋とカメラを持って出かける。
1週間前に見かけ、そのあとまた雪に埋れたふきのとうを摘みに。
毎年この時期になると最初に歩いてくるのがこの場所。
雪どけ水でぬかるんだ黒々とした土の中に、鮮やかな黄緑色がいくつも出ていた。
道の脇の雪はまだ胸の辺りまである。この重い雪の下でよくぞ生きていたものと思う。
満身創痍といった感じで頭をもたげた春一番の恵みは、今夜の分だけ摘む。
義母の好きな天ぷらでいただきます。

考えてみれば、本格的な冬は根雪になる12月から約3ヶ月なのだ。
その時間を超えれば、必ず冬は終る。
どんなに暗く厳しい季節にもきっと終りがくるのだ。
この冬も長かった。
行きたくとも行けない場所。
会いたくとも会えない人。
信じることと耐えることと。
冬は祈りに似ている。

約束を違えずに訪れた今年の春の光に、なんだか泣きそうになった。
ありがとう、ありがとう。
みんながんばってきたんだね。





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# by kotoko_s | 2017-02-28 16:11 | ある日 | Comments(15)
凍った雪の下に春が来ていた。


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雪解け水、ふきのとう、土の色。




メイ・サートンの『70歳の日記』(みすず書房、2016)から。

「ベッドの中で除雪車がいつ来るかと耳を澄ましていたら、パニック発作に襲われてしまった。自分のばかさかげんに呆れてしまう。涙を流しながら起き上がり、もう一度タマスをさっきのところに出してやろうとした。タマスのことも心配、そして餌やり器に近づくこともできない鳥たちのことも心配だった。そのうえ、除雪車は来るには来たけれど小道の雪はどけてくれなかったことも、パニックをさらに悪化させた。こんなに動揺する自分がばかに思える。歳のせいだろうか。なんといってもここはニューイングランド。この地で暮らすには、がまん強く頑強でなければならないのだ。」

「昨日は一日中、気が滅入っていたわけではない。タマスの散歩をしていたら、頭の上のほうでネコヤナギが輝いている。高い枝から銀白色の花穂が出ているのが見えた。それからテラスでも、去年、硬い氷を破って出てきたスノードロップが、まだ雪が残っている隅のほうから顔を出している。魔法としかいいようがない。」


雪深く冷たい風の吹きつける海辺の家で、晩年の作家はひとり暮らしている。
タマスというのは飼っている犬のことだ。
誕生日が同じということもあって、メイ・サートンは私にとって特別な作家のひとりである。
大雪に難儀する様子、鮮やかな春の訪れに胸躍らせる日など、
海辺ではないがやはり厳しい自然の中にいるものとしては思わず頷いてしまう。

メイ・サートンは1912年ベルギーで生まれる。
4歳のとき、第一次世界大戦の戦火を逃れ両親と共にアメリカに亡命した。
その後はニューイングランドで暮らし、1995年に亡くなった。
詩人であり、作家であるが、この本のほかにも何冊か日記を書いた。
日々の小さな出来事や思索を記録したこの人のシンプルな日記が、私はとても好きだ。
繊細で飾り気のない人柄、嘆きや怒りも率直に表現する人間くささ。
魂の気高さ、自然や人への温かなまなざしがどの本にも溢れている。
「独り居中毒患者」と自らを呼ぶ作家は、だからひきこもっていたかというと、そうではない。
友人や隣人を大切にし、見知らぬ人々の求めにも誠実に応じようとしてしばしば疲労する。
独りで居ることを愛し、内省のときを何より大事にした。
お会いしたかったなあと思う。できるはずもなかったけれど。


あとがきから。
「私にとって書くことは、自分に何が起きているかを理解する手立てであり、困難な問題を考え抜くための手段なのだと思っている。これまでに書いた本はすべて、自分が答えをみつけたいと思っている問題から生まれたものばかりだ。混沌(カオス)のなかから秩序を見出すことが、繰り返し必要になるのかもしれない。芸術は秩序―でもそれは、生のカオスのなかから生み出されるものだから」

                          *

今日は雨。低い灰色の空は今にも雪に変わりそうだ。
こんな日に暖かな部屋にいられることを有り難いと思う。
せっかく顔を出したふきのとうは、また重い雪の下に隠れてしまうだろう。
雪や暗い空、様々なことに心が押しつぶされそうなときも。
見えないだけで、春はそこにきっと待っているのだ。


        
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# by kotoko_s | 2017-02-23 13:44 | 読む | Comments(7)

雪の日

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来週は3月だというのに、今日も雪が降っている。しかも風雪。
「2月はいっとう降るからな」
義母がこともなげに言う。
「昔は電線またいで雪漕いで歩ったんだぞ」と胸を張る。
「いろんなとこ通って生きてきたから、おっかねぇことなんぞひとつもねぇ」
義母はまもなく91歳になる。

しかし何年たっても奥会津の人になれないヨメは、今冬も辛い。昨冬より辛い。
年々、苦しさが増してくるのである。
早く早く春よ、おいでください。

「人生の楽園」というテレビ番組を、家族はなぜか欠かさず見ている。
私はイヤなのである。
出てくるところほぼみんな、雪降らないじゃないですか。
冬でも庭先の石釜で自家製野菜のっけたピザ焼いたりして。いいよねえ。
いろいろないわけではないだろうが、今ひとつ共感が湧かない。
いけないいけない。
ひとのワルクチいいません、いちいちイチャモンつけません、と
年頭にひそかに誓ったばかりだった。


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辺りが真っ白に吹雪く中、フィフィフィフィ フョフョフョ かすかな鳴き声が聞こえる。
2階の窓を開けると、桜の枝いっぱいに鳥がいた。数えたら10数羽も。
盛んに花芽をついばんでいる。
ああこれで今年の桜は花が少ないだろうなと残念に思ったが
こんなに寒い雪の中で必死に命をつないでいる小さいものだ、しかたない。
雪には折られるわ、鳥には食べられるわでかわいそうな桜だが。立派だ。


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父は野鳥が好きで、私も興味を惹かれるようになったのは親譲りかと今ごろ気づく。
いろいろと似ているのが、このごろ妙にうれしいようなせつないようなヘンな気持ちになる。
入院中の父にヤマガラを描いた葉書を送ったが、次回はこの鳥にしようか。
多分、「ウソ」だろう。
「病気なんてウソだったみたいに、早く元気になりますように」とでも書くかなあ。








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# by kotoko_s | 2017-02-21 15:09 | ある日 | Comments(4)

 あれこれ


by haru
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