<   2017年 02月 ( 3 )   > この月の画像一覧

c0323384_14530478.jpg



c0323384_14493400.jpg




c0323384_14535194.jpg




c0323384_14540993.jpg



c0323384_14554795.jpg




2月最後の日は輝くような青空が広がった。
朝、義母の薬をとりに山を下りる。
玄関から表までの雪道もすっかり固く締まったから、長靴はやめて普通の靴を履く。
足首のあたりがちょっとすうすうするけれど、軽い、軽い!
雪を渡ってくる風の鋭さ、頬を刺す冷気。
それでもこの明るい空!まぶしい光。
なんという恵みだろう。

2階の窓を開け、洗濯物を干す。
カタユキの上を縦横無尽に走るケモノたちの足跡。
遠くで除雪機の音が響く。

午後、いつものように仕事を始めるが、部屋一杯に差し込む光にそわそわする。
とてもじゃないが、こんな素敵な日にパソコンなんかにつきあっていられますか。
袋とカメラを持って出かける。
1週間前に見かけ、そのあとまた雪に埋れたふきのとうを摘みに。
毎年この時期になると最初に歩いてくるのがこの場所。
雪どけ水でぬかるんだ黒々とした土の中に、鮮やかな黄緑色がいくつも出ていた。
道の脇の雪はまだ胸の辺りまである。この重い雪の下でよくぞ生きていたものと思う。
満身創痍といった感じで頭をもたげた春一番の恵みは、今夜の分だけ摘む。
義母の好きな天ぷらでいただきます。

考えてみれば、本格的な冬は根雪になる12月から約3ヶ月なのだ。
その時間を超えれば、必ず冬は終る。
どんなに暗く厳しい季節にもきっと終りがくるのだ。
この冬も長かった。
行きたくとも行けない場所。
会いたくとも会えない人。
信じることと耐えることと。
冬は祈りに似ている。

約束を違えずに訪れた今年の春の光に、なんだか泣きそうになった。
ありがとう、ありがとう。
みんながんばってきたんだね。





[PR]
by kotoko_s | 2017-02-28 16:11 | ある日 | Comments(15)
凍った雪の下に春が来ていた。


c0323384_05013867.jpg




c0323384_05015593.jpg





c0323384_05021221.jpg




c0323384_05022850.jpg
雪解け水、ふきのとう、土の色。




メイ・サートンの『70歳の日記』(みすず書房、2016)から。

「ベッドの中で除雪車がいつ来るかと耳を澄ましていたら、パニック発作に襲われてしまった。自分のばかさかげんに呆れてしまう。涙を流しながら起き上がり、もう一度タマスをさっきのところに出してやろうとした。タマスのことも心配、そして餌やり器に近づくこともできない鳥たちのことも心配だった。そのうえ、除雪車は来るには来たけれど小道の雪はどけてくれなかったことも、パニックをさらに悪化させた。こんなに動揺する自分がばかに思える。歳のせいだろうか。なんといってもここはニューイングランド。この地で暮らすには、がまん強く頑強でなければならないのだ。」

「昨日は一日中、気が滅入っていたわけではない。タマスの散歩をしていたら、頭の上のほうでネコヤナギが輝いている。高い枝から銀白色の花穂が出ているのが見えた。それからテラスでも、去年、硬い氷を破って出てきたスノードロップが、まだ雪が残っている隅のほうから顔を出している。魔法としかいいようがない。」


雪深く冷たい風の吹きつける海辺の家で、晩年の作家はひとり暮らしている。
タマスというのは飼っている犬のことだ。
誕生日が同じということもあって、メイ・サートンは私にとって特別な作家のひとりである。
大雪に難儀する様子、鮮やかな春の訪れに胸躍らせる日など、
海辺ではないがやはり厳しい自然の中にいるものとしては思わず頷いてしまう。

メイ・サートンは1912年ベルギーで生まれる。
4歳のとき、第一次世界大戦の戦火を逃れ両親と共にアメリカに亡命した。
その後はニューイングランドで暮らし、1995年に亡くなった。
詩人であり、作家であるが、この本のほかにも何冊か日記を書いた。
日々の小さな出来事や思索を記録したこの人のシンプルな日記が、私はとても好きだ。
繊細で飾り気のない人柄、嘆きや怒りも率直に表現する人間くささ。
魂の気高さ、自然や人への温かなまなざしがどの本にも溢れている。
「独り居中毒患者」と自らを呼ぶ作家は、だからひきこもっていたかというと、そうではない。
友人や隣人を大切にし、見知らぬ人々の求めにも誠実に応じようとしてしばしば疲労する。
独りで居ることを愛し、内省のときを何より大事にした。
お会いしたかったなあと思う。できるはずもなかったけれど。


あとがきから。
「私にとって書くことは、自分に何が起きているかを理解する手立てであり、困難な問題を考え抜くための手段なのだと思っている。これまでに書いた本はすべて、自分が答えをみつけたいと思っている問題から生まれたものばかりだ。混沌(カオス)のなかから秩序を見出すことが、繰り返し必要になるのかもしれない。芸術は秩序―でもそれは、生のカオスのなかから生み出されるものだから」

                          *

今日は雨。低い灰色の空は今にも雪に変わりそうだ。
こんな日に暖かな部屋にいられることを有り難いと思う。
せっかく顔を出したふきのとうは、また重い雪の下に隠れてしまうだろう。
雪や暗い空、様々なことに心が押しつぶされそうなときも。
見えないだけで、春はそこにきっと待っているのだ。


        
c0323384_14110032.jpg


[PR]
by kotoko_s | 2017-02-23 13:44 | 読む | Comments(7)

雪の日

c0323384_13202072.jpg


来週は3月だというのに、今日も雪が降っている。しかも風雪。
「2月はいっとう降るからな」
義母がこともなげに言う。
「昔は電線またいで雪漕いで歩ったんだぞ」と胸を張る。
「いろんなとこ通って生きてきたから、おっかねぇことなんぞひとつもねぇ」
義母はまもなく91歳になる。

しかし何年たっても奥会津の人になれないヨメは、今冬も辛い。昨冬より辛い。
年々、苦しさが増してくるのである。
早く早く春よ、おいでください。

「人生の楽園」というテレビ番組を、家族はなぜか欠かさず見ている。
私はイヤなのである。
出てくるところほぼみんな、雪降らないじゃないですか。
冬でも庭先の石釜で自家製野菜のっけたピザ焼いたりして。いいよねえ。
いろいろないわけではないだろうが、今ひとつ共感が湧かない。
いけないいけない。
ひとのワルクチいいません、いちいちイチャモンつけません、と
年頭にひそかに誓ったばかりだった。


c0323384_17524598.jpg


辺りが真っ白に吹雪く中、フィフィフィフィ フョフョフョ かすかな鳴き声が聞こえる。
2階の窓を開けると、桜の枝いっぱいに鳥がいた。数えたら10数羽も。
盛んに花芽をついばんでいる。
ああこれで今年の桜は花が少ないだろうなと残念に思ったが
こんなに寒い雪の中で必死に命をつないでいる小さいものだ、しかたない。
雪には折られるわ、鳥には食べられるわでかわいそうな桜だが。立派だ。


c0323384_13222311.jpg


父は野鳥が好きで、私も興味を惹かれるようになったのは親譲りかと今ごろ気づく。
いろいろと似ているのが、このごろ妙にうれしいようなせつないようなヘンな気持ちになる。
入院中の父にヤマガラを描いた葉書を送ったが、次回はこの鳥にしようか。
多分、「ウソ」だろう。
「病気なんてウソだったみたいに、早く元気になりますように」とでも書くかなあ。








[PR]
by kotoko_s | 2017-02-21 15:09 | ある日 | Comments(4)

 あれこれ


by haru
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28