カテゴリ:3.11以後( 12 )

6年

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3月11日の朝です。
奥会津はまだ雪に囲まれていますが、山の向こうの空が明るくなってきました。
やわらかな光の降り注ぐ一日となりますように。

ここにいると毎日、福島県の被災地の様子がニュースで伝えられます。
全国でも、特に東京で、同じように見てもらえたらいいなと思います。

被害者である人たちがいじめられたり蔑まれたりする。
嫌な、恥ずべきことですが、人間の弱さも思います。
私の中にもまったくそういうものがないか、これはよくふりかえってみなくてはならない。
心の底まで掘ってみれば、醜いものが出てくるのです。
だからこそ、心を律して口を慎みたい。
子どもは大人の言葉を聞いているのだから。
他を裁きたくなるときは心したいと思います。

しかし権力に対しては。声を上げなくてはならない。
フクシマとカタカナの記号になってしまったことが本当に悲しい。くやしい。



この震災でなくなられた方々のご冥福を祈ります。
被災地で、避難先で、懸命に生きておられる方々のご無事をお祈りいたします。






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by kotoko_s | 2017-03-11 10:21 | 3.11以後 | Comments(8)

気仙沼から

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東日本大震災の被災地、宮城県気仙沼から楽しい冬の小物が届きました。



「腹巻帽子」は輪に編んであります。裏返してねじって重ねると帽子。もう一方の柄にしてもいい。
輪っかに首を通してくしゅっとさせればネックウォーマー。
片方だけ伸ばして顔を出せば首から頭まですっぽりあったかい。
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冬のパソコン作業の必需品・リストウォーマー。
「もぐらグラブ 子供たちの笑顔」という名前がついていました。
あとでよく見たらもう少し長いものもありました。
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京都に住んでいた梅村マルティナさんは、震災直後、被災地に毛糸を送りました。
毛糸より水や食糧が大事だという反対意見もある中、
気仙沼の小原木中学校避難所からは、もっと送ってほしいとリクエストがあった。
やがてマルティナさんは気仙沼に編み物の会社を立ち上げ
被災した地元の人たちと一緒に製品作りを始めました。
故郷・ドイツの美しい毛糸で、帽子や靴下などを仲間たちと編んで販売しています。
スタッフは、住居を失い、仮設住宅暮らしを続ける子育て中の地元のお母さんたちだそうです。


梅村マルティナ気仙沼FSアトリエ ホームページ 
Webショップ


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by kotoko_s | 2015-11-27 10:22 | 3.11以後 | Comments(14)

許さない

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昨日はテレビの前で怒っていたらバアに
「こんなもの見ててもしょうねぇぞ、仕事ねぇならカボチャ運んでくろ」

内心、(本日は国会の見張りが仕事です)と思ったが
よく考えると今の私にできるのは目の前のカボチャ、っていうか、バアのことである。

時々中断しつつテレビを見る。
「いくさに行くのはおめだぢでねぇからな」
バアが吐き捨てるように言う。

アナーキストだった祖父が生きていたらきっと
「オレをヤツラのとこに連れていけ」と言っただろう。

許さんぞ、アベ!!




「文化」というのは、簡単に言って、命をだいじにすることなんですよ。命をだいじにする国家が、つまり文化国家なのです。文化国家に権力構造があるなんていうのは、矛盾しているのです。権力と言うのは何のためにあるのか。権力は、人を弾圧するためにあるのでしょう。搾取するためにあるのでしょう。権力は武ですよね。武と文のちがいはそれなんです。文というのは、命をだいじにすることです。
              (岩波ブックレットNo.272『九十歳の人間宣言 住井すゑ』1992)




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by kotoko_s | 2015-09-18 09:54 | 3.11以後 | Comments(14)

いやなかんじ

このところテレビでは東京オリンピックのエンブレムの件ばかりやっている。
真相はよくわからないが、私は別のことばかり思ってしまう。
渦中のデザイナーにも家族がいるはずだし。
お子さんがいたら、その子は無事だろうかとか。
きっと、ネットではそういうこともわかるんでしょう。
ああ、いやだ。


子どもの辛い事件が続いていて、やりきれない。
辛い子は図書館にいらっしゃい、というツイッターの呼びかけが話題になった。

『もうすぐ二学期。学校が始まるのが死ぬほどつらい子は、学校を休んで図書館へいらっしゃい。マンガもライトノベルもあるよ。一日いても誰も何も言わないよ。9月から学校へ行くくらいなら死んじゃおうと思ったら、逃げ場所に図書館も思い出してね。』(鎌倉図書館@kamakura_tosyok)

図書館が隠れ家になる子もいるだろうけど。
そうでない子や
図書館のない町の子にも
逃げ場所が見つかりますように。

それから。
最近の子は本を読まないよねえ、と嘆く大人が
本を読まないよね、と思うことも多いし。
そもそも、本を読むと楽しい子も、読まなくても楽しい子も
どっちもOKにしてほしいと思うし。

楽しいことなんかない
っていう子に
何を伝える?


考えがあちこち飛んでいるようですが、つながっているのです。
いやあな感じがずうっとまとわりついていてうっとうしいのです。
いっそ、「オリンピックを白紙撤回いたします」って、なったらいいのに。
そんなことよりやるべきことがある。



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by kotoko_s | 2015-09-02 21:14 | 3.11以後 | Comments(18)

ウバユリ


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ウバユリが咲いていた。
花の多さの割にどことなく寂しげで
群れず一本で立っている姿が好きだ。


戦後70年の特別番組を毎日のように見ている。
今夜は沖縄の「護郷隊」のことを知った。
こんな惨いことを少年たちにさせたのか。


川内原発が再稼動されてしまった今日。
3.11の月命日だった。

尋常でない暑さと
尋常でないこの国。




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by kotoko_s | 2015-08-11 23:00 | 3.11以後

ほどほど

元気だった頃の野良猫、チビ。どうです、この面構え。
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お彼岸間近になって(うっかり「MAJIKA」で変換したら「マジか」と出てうんざり)
4日間も雪が降り続き、また見上げる高さの雪の壁です。
でも今日は久しぶりに晴れてとてもきれいな空だ。

ふと居間の畳に目をやったら、何かいっぱい、落ちている。
鉢植えの植物の枯れた部分でも散ったのかと近づいてみたら
うわっ!虫じゃないか!
よくよく顔を近づけて見ると、カマキリの子どもだ。

ああ。モンシロチョウの次はカマキリか。
チョウは18日間の生涯をこの部屋で送った。
さらに小さい、しかも大量のこのものたちをどうしたらいいものか。
どうしたら、と言っても、このままチョウのように見守っているのは無理なので
申し訳ないが、のちほど外に出します。ごめんね。

わが家で生まれたチョウもカマキリの子も、可哀想だ。
本来の環境で生まれ、死んでいくのが自然の姿なのだから。

自然、と言ったとき、人間だけが、この世界で不自然なことをやっているなあと思う。
体にいいものを食べたい、というのはごく自然な発想のようだけれど
あまりに度が過ぎると、ちょっと不自然に見える。
口に入るものが安全かどうか、すべて徹底的に調べることは不可能だと思うし
もし、すべて安全であると確信できたとして、それで心から安心しているのだろうか。
安心を求めすぎて不安になっているのではと、余計な心配もしてしまう。
昔、砂糖を使った菓子を子どもに一切食べさせなかった知人がいたが
うーん、なんだかなあ、と思った。
体に悪そうなものを食べて機嫌よくなれることもあるのだが。

最近よく思うことだが、人間の欲というのは際限がない。
もっとよいものがほしい、もっと便利になったらいい、もっと長生きしたい。
誤解を恐れずに書くが、生殖医療についても同じではないかと思う。
子どもを授からないことは残念ではあっても、不幸ではない。
血のつながりにだけ執着するのをやめればいい。
それに、求めても得られないものがあると知ることは、大切なことだ。

もっともっと、という欲望が、色々と不自然なものを生んできたのではないか。
原発然り。
「神の領域」と言うが、この世界はすべて神の手の中にあると思う。
人間は傲慢になってしまった。
ほかの生きものとの調和の中に、戻ることができるだろうか。
ほどほどがいいし、そうあるべきだと思う。



※ カマキリの子ども、と思いましたが、調べたらどうやらバッタのようです。
小さく跳ねながら明るいほうへと移動していくので、バアが踏んだら大変、とビニール袋に集め、かわいそうですが外の植木鉢のそばに出しました。じっと動かずにいますが……。




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by kotoko_s | 2015-03-15 15:37 | 3.11以後 | Comments(8)

12月

今年もはじまりました。

イラク・福島の子どもたちとシリア難民のために―チョコ募金

今年の缶の絵は「いのちの花」。
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by kotoko_s | 2014-12-01 23:08 | 3.11以後

ゆっくりな日

しばらくの間いい調子で物事が進んでいたが、今は少し、いや結構、落ち込んでいる。これもまた必要な試練(チャンス)なのだろうと、自分に言い聞かせてはいるが、なかなかの、疲労感。

先日、溜まっていた雑誌の切抜きをしてすっきりした。
その中に、繰り返し読んでいる記事があるので書いておきたい。


「週1日を『ゆっくりな日』に」

これが記事のタイトル。
環境平和運動家のサティシュ・クマールさんのインタビュー(婦人之友2013年6月号)だ。
クマールさんはインドで生まれ、9歳で修行僧となったが、18歳の時、ガンジーの非暴力思想に触れ還俗。
20代後半には核兵器廃絶を訴え、インドから4つの核兵器保有国へ2年半かけ徒歩で平和巡礼を行ったという。


「毎日料理をするし、庭仕事も大好き。
仕事で1時間コンピューターを使ったら、1時間散歩するように努めているから、忙しすぎることはない」

「自然はたくさんのことを教えてくれる。人の心を、魂を癒してくれる」

「じっくり見てごらん、よく耳をすましてごらん、注意深くにおいをかいでごらん」

「私は76年の人生に、すばらしい師に会いました。
その中で、もっとも偉大な先生は母でした。
どのように教えてくれたかというと、母が母らしく、幸せに生きる姿を見せることによって」

「ぜひ子どもと一緒に歩いてください。
天気のよい日に、春には桜の下を、時にははだしで。
そして、いつも子どもの無限の可能性を信じてください」



大量生産、消費、廃棄の下での成長から、環境を破壊しない仕組みへどう変えられるか、との問いに答えて

「まず、あなたの考え方を変える。
多く持つこと、人に認められることやお金の量で幸せを計るのではなく、自分の内側から満たされる幸せを求める、そしてライフスタイルを変えていく」

「原発事故から学ぶべきことは、人が自然に対してあまりにも傲慢であったことです。自然はコントロールすることはできず、私たちはへりくだって学ばなければならない」


週1日は『ゆっくりな日』を、と、クマールさんは呼びかける。
その日は、車や乗り物を使わない。インターネット検索、メールもしない。
代わりに、自然を楽しみ、ものをつくる。
子どもと遊び、友人や家族と過す。

意識せずとも自然と親しく暮らし、手仕事でものをつくることも特別なことではない恵まれた環境にいてさえ、パソコンのない日常に踏み切ることは難しい。
せめて週に1日だけでも、ブログもメールもその他ネットにあふれる情報のいっさいを、意識の外に放ってしまえたら。
この疲労感も軽減されて、すっきりした心持ちになれるような気がする。
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by kotoko_s | 2014-11-13 23:43 | 3.11以後 | Comments(12)

ゆたかなくらし

家の中の朝仕事を終えて畑に上っていくと、作業はほとんど終わっていた。
丸い背中に、おかあさん、と大声で呼びかけても振り向かない。
汗が入って一度壊れたので、補聴器は腰に下げた小さな布袋にしまってある。
今年もじゃがいも掘りの季節がきた。

嫁いで初めての夏。
義母と同じ格好で―畝をまたいで中腰で―芋を掘った。
炎天下の畑は土の中までほこほこ熱い。土ぼこりと熱風で顔が焼ける。
上手だ、頑張るなあ、と褒められていい気になったら、翌日起き上がれなかった。


今年の芋は小ぶり。量も多くはない。
義母の前に立つとようやく顔を上げ
「遊びだ。おめぇはいいよ。かぼちゃでも煮てくろ」
今の義母にちょうどいい大きさの畑になって、気のもみ方もゆるやかになった。

汗と土まみれで芋を掘る88歳の義母は
もう畝をまたいで歩けなくなった。
肥料袋にぬかを詰めた手作り座布団に腰をおろしたまま
土の上をずーずー這うようにして移動する。

帰りがけにひとつ、もいだかぼちゃを、甘く煮て仏壇にお供えする。
午後は出かけるので夕飯の支度もすませた。
きゅうりとなすとトマトとピーマンがメインの夕餉。
バアチャンとトーチャンの好物のイカも煮たし
美味しい豆腐を買って帰って冷奴もつけましょう。



今朝の朝日新聞デジタルに、こんなニュースがあった。

関西電力・元副社長の証言


盆暮れに1千万円ずつもらって当たり前だった人たちと
それをせっせと運ぶのが仕事だった人たち。

ゆたかな暮らしの意味を、あなたたちは知らない。

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by kotoko_s | 2014-07-28 12:29 | 3.11以後 | Comments(8)

水辺で

好きな場所がある。
すぐ近くに住んでいたころにはしょっちゅう行ったものだ。
夫と一緒のこともあったが、ほとんどはひとりだった。

今はすこし遠くなった。
晩秋に訪ねたあの日、アケビの紫がはっとするほど艶やかだった。
あれからもう半年だ。
5月のうちにどうしても行きたくて、晴れた朝、ひとりで出かけた。

鮮やかなピンク色のかたまりがあちこちで揺れる。
タニウツギはきれいな花なのに、手折ってはいけないとされる。旅の杖として棺に納める風習があったからか。飢饉のとき食用にしたともいわれる。
「それは知らねぇが、あの木の下でワラビなんぞ採っときは気ィつけんなんね。ダニ落ちてくっから」と義母は言った。
トチの花も満開になった。大木だが、山道を登ってゆくと目の高さに咲いている。
小さな花が寄り集まってろうそくのように樹いっぱいに灯っている。白に紅色がにじんだやわらかな色。
実はトチ餅、幹でこね鉢。薫り高い蜂蜜。トチの木は奥会津のひとの暮らしにとても親しい。

ホオノキも象牙色の花びらがほどけるように咲き始めた。
サワグルミの垂れ下がる花はまた長くなったようだし、葉の色も深くなった。
ミズナラ、ブナの明るい若葉、銀色がかって煙るような灰緑のコナラ。
高々と掲げた枝いっぱいに木陰をつくってくれるケヤキは、中でも一番好きな木。

その向こうに、湖が広がっている。
時折、大きな水音。魚がはねたのか。
頭上を鳥が飛んでゆく。にぎやかなさえずり。森に響き渡るキツツキのドラミング。
この日はアカゲラのつがいを間近に見た。
キョッキョッ、とさかんに啼き交わしては、せわしなく飛び回る。
ミズナラの古木の股に、大きなヘビが身体をもてあますように引っかかっている。
やがてずるずると木を降りて草むらにまぎれていった。

そんな風景をずっと見ていた。
ふいに、重い塊が喉元まで込み上げてきて、目をつぶった。
初めて来た20年前と何ら変わっていないように見えるこの自然界は、もう変わってしまったんだ。

変えてしまったのはヒトである。

どうして詫びたらいいのだろう。
木々に。魚やヘビに、小鳥たちに。

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by kotoko_s | 2014-05-26 09:51 | 3.11以後 | Comments(8)

 あれこれ


by haru
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