2017年 03月 13日 ( 1 )

「わたしを束ねないで」


c0323384_11043965.jpg


晴れた日曜日、夫が除雪機で雪を飛ばして道を開けてくれた。
これで庭先から表通りまで車で行き来できる。
ここが開通すると、いよいよ春だという実感が湧く。
道は人を招き、内にいるものを広い世界へと誘う。

朝はツルツルに凍りついてとても歩けなかった道も、昼前には乾いて人が出てきた。
一面の雪を渡ってくる風は冷たく、また今夜は少し降るようだが。
ここまでくればもう後戻りはないと、光の強さが教えてくれる。

季節が大きく変わっていくこの時期は、いつも物憂い。
暗いトンネルからようやく抜け出せるというのに。
期待よりも不安な感じでいっぱいになるのはどうしたことだろう。

ふと、一篇の詩を思い出した。
久しぶりに読みたくなって、長らく触れなかった本棚から古い詩集を取り出す。



わたしを束ねないで      新川和江

わたしを束(たば)ねないで
あらせいとうの花のように
白い葱のように
束ねないでください わたしは稲穂
秋 大地が胸を焦がす
見渡すかぎりの金色の稲穂

わたしを止めないで
標本箱の昆虫のように
高原からきた絵葉書のように
止めないでください 私は羽撃(ばた)き
こやみなく空のひろさをかいさぐっている
目には見えないつばさの音

わたしを注(つ)がないで
日常性に薄められた牛乳のように
ぬるい酒のように
注がないでください わたしは海
夜 とほうもなく満ちてくる
苦い潮(うしお) ふちのない水

わたしを名付けないで
娘という名 妻という名
重々しい母という名でしつらえた座に
坐りきりにさせないでください 私は風
りんごの木と
泉のありかを知っている風

わたしを区切らないで
,(コンマ)や.(ピリオド)いくつかの段落
そしておしまいに「さようなら」があったりする手紙のようには
こまめにけりをつけないでください わたしは終りのない文章
川と同じに
はてしなく流れていく 拡がっていく一行の詩

(『現代詩文庫64 新川和江』思潮社、1975)



c0323384_12344827.jpg


10代の頃、友人と詩集を作っていた。
詩集といったって、手書きの原稿を安いコピー屋で印刷し、ホッチキスで閉じただけの薄っぺらいものだ。まだパソコンはなかった。
それぞれが何篇か書いて、表紙は私が担当した。
「これじゃあんたの作品じゃん。これ、2人の詩集だよ」
ダメ出しされて表紙は描き直したが、肝心の詩についてはお互い何も言わなかった。

創刊号を、新川和江さんに送ったことをよく覚えている。
「怖いもの知らずってすげぇな」と知人に呆れられたが、なんと、お返事をいただいた。
葉書に美しいペン字で、感想と励ましの言葉があった。
あんたが持ってなよ、と友人に譲ってもらったのに、どこかに紛れて失くしてしまったのが残念でならない。
その友人とは喧嘩ばかりしていた。
いつしか疎遠になり、2人の詩集も数号までで自然に消えた。
彼女の詩が好きだった。


「わたしを束ねないで」を読むたびに、私は深呼吸する。
縮こまっていた胸が開かれる思いがする。
束ねられてむしろ安心している部分もあることに気づいてどきりとする。
それでいいのかと問いかける声が聞こえる。
行き止まりのない道をずんずんと歩いていきたくはないか。
どこまでもどこまでも、自分の足で、と。




[PR]
by kotoko_s | 2017-03-13 14:30 | 読む | Comments(8)

 あれこれ


by haru
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31