クリスマスに

「平和の祈り」

主よ 私をあなたの平和の道具にしてください
憎しみのあるところに愛を
争いのあるところに許しを
分裂のあるところに一致を
疑いのあるところに信仰を
誤りのあるところに真理を
絶望のあるところに希望を
闇のあるところに光を
悲しみのあるところに喜びを
もたらすものとしてください

主よ 慰められるよりも慰めることを
理解されるよりも理解することを
愛されるよりも愛することを
私が求めますように
私たちは与えるから受け
ゆるすからゆるされ
自分を捨てて死に
永遠の命をいただくのですから                                    

マザー・テレサの愛した「アッシジの聖フランチェスコの祈り」




祖母がカトリックの信者だったり
教会の運営する幼稚園に通ったりした私にとって
クリスマスは身近で大切な日だった。
12月25日の夜は教会学校の仲間たちと
手に手にキャンドルを持ち
病気の友だちの家を訪ねて賛美歌を歌った。

プロテスタントの洗礼を受けたが
教会に行かなくなってずいぶんたつし
いまや、お寺の行事や神棚のお世話をしている。
教会の文字の入った封筒が送られてきたら
義母が「おめぇ、きりすとか」と妙な心配をする土地柄である。

でも。
心の中にはいつもイエスさまがいる。

世界が平和となりますように。
Merry Christmas!


※ 明日アップするつもりでしたが。本日2本目の記事となりました。


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Commented by saheizi-inokori at 2017-12-24 21:51
私は学生時代、キリスト教の寮に二年間暮らしました。
毎朝チャペルで礼拝、金曜日には夕方集会、日曜日の教会(各々の行きたい)礼拝が義務でしたが、「毎朝の朝礼」をさぼりました。
今は教会にはいかない、神社の前を通ると拝むのです。
お寺でも。
Commented by PochiPochi-2-s at 2017-12-24 22:19
キリスト教との出会いはプロテスタント系の大学に入った時から。
必修科目に聖書購読や聖書学があり、宗教センターが主催する
チャペルアワーがありました。就職先は神戸にあるカソリック系
の私学(女子校)。ここではシスターの世界を垣間見たような
気がしました。
宗教は人それぞれ。
他人がとやかくいうことではないと思っています。

〉でも。
心の中にはいつもイエスさまがいる。
これでいいのではないかなと思っていますよ。

アッシジ には感動しました。
Commented by kotoko_s at 2017-12-25 07:37
☆佐平次さん
私も中学、高校と礼拝のある学校で学びました。
幼いころから親しんできた賛美歌、今もたまに口ずさみます。
クリスチャンだった祖母はお寺や神社に行くと頭を下げていましたよ。懐かしいです。
Commented by kotoko_s at 2017-12-25 07:41
☆PochiPochiさん
若いころ、修道院に憧れました。現実逃避ですね。
知り合いのシスターから「修道院はもっと厳しいところですよ」と笑顔で諭されたものです。
こちらには教会もありませんし、キリスト教というと新興宗教のひとつぐらいにしか思われていません。
でも、自分のこころの中にあればいいのです。

アッシジ、行きたいなあ。
Commented by fusk-en25 at 2017-12-25 14:19
神社に生まれ、寺に嫁いだ祖母に育てられた私。
周囲には宗教が満ちてはいましたし。。
祖母自身も信仰心の厚い人でしたが、
一度たりとも私に神や仏を信じなさいとは言いませんでした。
そして私の中には。。
どんなところにも属さない。。私だけの「名前のない神様」がおられる気がします。
Commented by kotoko_s at 2017-12-25 18:59
☆fuskさん
>私だけの「名前のない神様」

私は「一応」クリスチャンですけれど。
ほんとうは、こころの中にいらっしゃるのは、「私だけの名前のない神様」かもしれないな、と思います。
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by kotoko_s | 2017-12-24 20:40 | 3.11以後 | Comments(6)

奥会津に暮らす


by haru
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