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9月の声を聞いたとたん、肌寒くなった。
晴れ渡った空をどこまでも雲が流れてゆく。風がひんやりと心地いい。
庭先の水場でサンダルの底を洗う。
からりと乾いたあと、磨いて箱にしまった。
もう夏は終ったのだ。

衣替えをしながらふと思い立ち
「開かずの箪笥」の引き出しを開けてみる。
そこには昔の日記がぎっしり詰まっている。
結婚祝いにいただいた分厚い10年連用日記に、B6版ノートが20冊余り。
何度か読み返したそれらを部屋の真ん中に全部積み上げ
久しぶりに開いてみた。

腹が決まった。
捨てよう。

いつかは処分しなくちゃ、と思ってはいたが。
そのたびに、やっぱりもう少し置いておこう、捨てるのはいつでもできるし、とまたしまいこんだ。
読み返すと当時の情景や気持がよみがえって胸の底がうずく。
良くも悪くも自分の軌跡に違いないのだから大切にしなくてはと思う。
「その時の言葉」はいつ読み返しても、捨てるに忍びなかった。

それが今回は不思議なことに、あっさりと気持が決まった。
入院したこともきっかけのひとつになったのかもしれない。
もし、ある日、急に自分で自分のことができなくなったら。
それが今日だとしたら。
そう思ったら、古い日記を捨てることに迷いがなくなった。

1ページ破くとためらいはすっかり消えた。
腱鞘炎になりそうな指をさすりつつ、ひたすら破いては紙袋に詰めた。
ぎゅうぎゅう詰めにして3つの小さな袋に収まった私の20年間。
新しい季節を迎える前に、大きな宿題を片付けたようにさっぱりした。



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                トチの木



ノートの中には、本から書き写した言葉もたくさんあった。
この詩も。


峠   真壁 仁

峠は決定をしいるところだ。
峠には訣別のためのあかるい憂愁がながれている。
峠路をのぼりつめたものは
のしかかってくる天碧に身をさらし
やがてそれを背にする。
風景はそこで綴じあっているが
ひとつをうしなうことなしに
別個の風景にはいってゆけない。
大きな喪失にたえてのみ
あたらしい世界がひらける。
峠にたつとき
すぎ来しみちはなつかしく
ひらけくるみちはたのしい。
みちはこたえない。
みちはかぎりなくさそうばかりだ。
峠のうえの空はあこがれのようにあまい。
たとえ行手がきまっていても
ひとはそこで
ひとつの世界にわかれねばならぬ。
そのおもいをうずめるため
たびびとはゆっくり小便をしたり
摘みくさをしたり
たばこをくゆらしたりして
見えるかぎりの風景を眼におさめる。




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「ひとつをうしなうことなしに
別個の風景にはいってゆけない。
大きな喪失にたえてのみ
あたらしい世界がひらける。」


生きてゆくとは痛みの連続なのかもしれない。
大きな喪失と呼べるほどの痛みを、私はまだ味わっていないとも思った。
まだ、あたらしくなれる、とも。

自分が記した言葉は確かにいとおしかった。
あの膨大な言葉は、日々、明日へと一歩踏み出すための必然だった。
よくがんばってきたじゃないかと思えた。
だからもう、書いたものはここになくても大丈夫になったのかもしれない。







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Commented by pallet-sorairo at 2017-09-03 13:47
「新生」という言葉が浮かびました。
そして、
新しい一歩を力強く踏み出すharuさんの足が
見えたような気がしました。
Commented by poirier_AAA at 2017-09-03 17:00
去年だったか一昨年だったか、一時帰国した際に東京時代(一人暮らし時代)の日記や手帳や思い出の品をまとめて捨てました。

憑き物が落ちたみたいだと自分でも不思議に思いました。フランスに引っ越した頃は、思い出の実物がなければ自分が自分でいられないような気がしていたけれど、いつの間にかなくても大丈夫だと気がついたんです。大事なことはみんな心の中にしまってあるから、それだけでもう十分、というような。自信でしょうか?

haruさんの新しい世界、楽しみですね。
Commented by fusk-en25 at 2017-09-03 19:23
勿体無い。
本当はそう思うのです。。ハルさんの言葉だもの。

でも。。。そう。。でも。あなたが視線を変えるためにあえてしたこと。
ページをめくろうとしているのだなあと。。
ちょっと勿体ながりながらも思います。

思春期に。最初は中学3年の提出日記から始めて。
中3の時はルーズリーフ型の日記を5冊 提出したらしい。
その後も続けて20歳の初めまで日記を書いていました。
うちに向けて書くことが山ほどあった時代?
23歳の頃。もしもこの日記が私の死後に残ったら。いやだと
何十冊の日記を燃やしたことを。思い出し。
新しい自分になりたかったのか。それとも格好つけたかったのか?
どうだったんだろうって。今になってはわからない。気張ってましたからね。笑。
でも残していて。読み返したらきっと気恥ずかしいだろうなあとも。。

うちに向けてしか書かなかった日記と
今、外にもいくらか向けて書く文章は違うと。
ちょっと思ったりするこの頃です。



Commented by saheizi-inokori at 2017-09-03 21:28
「峠」を意識して生きていくのは素晴らしいです。
無我夢中、というよりなんとなしに歩き続けて、今は坂を下りつつあります。
Commented by PochiPochi-2-s at 2017-09-03 22:57
〉まだ、あたらしくなれる、とも

心の中で何かが動き、決断したのでしょう。
新しい世界に向かってしっかりと一歩を踏み出そうとしているharuさん、
私には輝いているように見えます。
あたらしい世界に向かってgo!





Commented by オリオリ at 2017-09-04 09:15 x
わたしは生死をさまよう大病をして入院の経験があります。
退院した時はもう私は一度死んだ人間
これからはおまけの人生と思ったら
世界観がかわり、とても生き安くなりました。
新しい自分は、人にやさしくできるし、人に甘えられるようになりました。

ハルさんも穏やかに過ごされますことを!!
Commented by kotoko_s at 2017-09-04 09:34
☆そらいろさん
「新生」-ちょうど同じ名前の福祉団体の資料が届いたところで、おや、偶然、とびっくりしました^^
新しい一歩を力強く踏み出せたらいいのですが。
そういう自分をイメージして古いものを手放したかったのだと思います。
まずは形から^^
Commented by kotoko_s at 2017-09-04 09:44
☆梨の木さん
引越しや結婚など、大きな節目ごとに日記の類は処分してきましたが。
今回は特に私の人生的課題に触れるものだったので、とっておくことに意味を感じていました。

>大事なことはみんな心の中にしまってあるから、それだけでもう十分、というような。自信でしょうか?

そうですね、処分してみて、そのことがわかりましたよ。
今の自分に必要なことはすべてもう心の中にあるんだ、と。
昔、自信がもてないことを悩んでいたら、恩師に「自信なきことこそ真の自信なり」と伝えられました。
なんとなく、その意味が今はわかるような気がします。
何か目に見えるものにすがらなくとも平気、というか。

古い日記を捨てたからといって今日から新しくなれるわけもないのですが^^
手放したことで一歩、先へ進めたような気がしています。
Commented by kotoko_s at 2017-09-04 16:26
☆fuskさん
勿体無い、なんて言われると、気恥ずかしいですねぇ^^
織機を処分したときもそうだったのですが、ある時突然、「今だ」と行動に移す癖があるようです。
その時がくるまで、どこか不協和音を感じながらもなかなかその状態から脱することができないんです。

fuskさんが思春期に書かれたもの、興味深いなあ。
私も、後悔しているといえば、小学生時代の日記を処分してしまったことです。
提出するものでしたが、毎日何ページも書いていました。
結構、内向きの内容もあっけらかんと書いていたような記憶があります。
それを読んだ先生は困ったことでしょう。

>うちに向けてしか書かなかった日記と
今、外にもいくらか向けて書く文章は違うと。

そう思います。
発表を前提とした文章は、自分自身に向けて書く日記とは明らかに違いますよね。
多分また、今後はちょっと別の方法で、内向きの言葉を書くことになるんだろうなと思っています。
Commented by kotoko_s at 2017-09-04 16:34
☆佐平次さん
歩き続けることは大変なことだと思います。
母がよく「その歳にならなければわからない、って親が言ってたけど、ほんとにそうだった」と言います。
峠も谷底も知っていらっしゃる先輩方に学ばなくては。
Commented by kotoko_s at 2017-09-04 16:40
☆PochiPochiさん
実はどちらかというと、輝くどころかどんよりした状態が続いていまして。
ここらへんで気合を入れなくては!と思ったのです。
古いものを手放して空いたスペースに、新しい輝きが訪れてくれますように、と願いますが、それはきっと自分自身の心持ちの在り様ひとつなのでしょうね。
Commented by kotoko_s at 2017-09-04 16:48
☆オリオリさん
命の危機を体験された方は、世界観が変わるとおっしゃいますね。

>新しい自分は、人にやさしくできるし、人に甘えられるようになりました。

素晴らしいことですね。
私もそうなれたらいいなあ。穏やかな心になりたいです。
Commented by hanamomo08 at 2017-09-07 23:44
>だからもう、書いたものはここになくても大丈夫になったのかもしれない。
私にもいつかこう思える日が来るかな~。
峠という詩を読んで、
毎日不安なことはたくさんあるけど、きっとまだ本当の意味での谷底は経験していないな~。
栃の実がこうやって生っているのですね。
初めて見ました。
栃の木は何度も見ていますが、あの実がこんな風についているのを知ったのは初めてです。
Commented by kotoko_s at 2017-09-08 07:49
☆momoさん
これはずっと大切にしていくものだ、と信じていたものでも、ある時、もう必要ない、とあっさり処分してしまうことがよくあります。
後悔しないといいんですけどね^^

この詩を書き写したのは10年ほど前のことでした。
えいやっと無理にでもふんぎりをつけて先へと一歩踏み出さねばならない、そんな苦しい気持だったことを思い出します。
踏み出して峠を越えた今も、迷いや後悔、不安は消えることがないのですが。
生きてゆくって、日々、小さな峠を越えながらどこまでも歩いていくものなのですね。

トチの実をご覧いただけてよかったです。
沢の傍とか、水のきれいな場所に大きく育つのですが、ここでは昔から、流水で丹念にアクを抜いた実でトチ餅を作ります。
そちらにもありますよね。
トチは大木になって、暮らしの道具にもなる。人の傍にいてくれる木だなと思います。
Commented by YuKi-39i at 2017-09-19 21:43
こんばんは
以前、パソコンでこちらのブログを見つけて、ステキなブログだなぁと思って憧れていました。
今日は、なんとなく
そうなんだ、そうだよね、って…なんとなく
やっぱり とてもステキです(^。^)
Commented by kotoko_s at 2017-09-20 09:22
☆YuKi-39iさん
こんにちは。
お越しくださってありがとうございます。
テレますねぇ^^
なぜブログをやっているのだろうかと考え込む日もありますが。
こんなふうに励ましていただけるとやっぱり続けようかなと思います。
ありがとうございます(^^*
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by kotoko_s | 2017-09-03 13:23 | 読む | Comments(16)

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