薔薇子ちゃん

今年もヤマナシの花が満開。

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5歳まで、父の家にいた。

私が生まれたとき、祖母は私の父と母に提案した。
「この子の名前ね、バラコちゃんはどうかしら」

庭の薔薇がこんなにきれいなときに生まれたから、と祖母は嬉しそうに言ったという。
薔薇子。なんだか、すごい。
私の名前は、男の子でも女の子でも、これにしよう、と両親が決めていた。
この名前を私は気に入っているが、祖母に「薔薇子ちゃん」と呼ばれてみたかったな、とちょっと思う。

仕事に忙しい両親の代わりに、私と多くの時間を一緒にいてくれたのは祖母だった。
家の裏の保育園には、毎朝、祖母が連れていってくれたのだろうか。
初めての集団生活は恐ろしかった。
すべり台の頂上にしゃがみこむとドンッと背中を押され、地面に投げ出される。
上履きを履こうとすると、ない。
園庭の下を流れている川のほとりに落ちているのが見つかった。
音楽に合わせて体操するのが恥ずかしかった。みんなが笑って見ている。
と、先生に訴えたが誰も信じてくれない。
私は毎日、持って行ったお弁当を提げて、途中でひとり家に帰るようになった。
祖母と一緒に白黒テレビで「ローハイド」を見ながらお弁当を食べた。
ラジオから坂本九ちゃんが毎日流れていて、大声で歌った。

そういうことがどのぐらい続いたのか、ある日、私は祖母に言った。
「おばあちゃん。わたし、もうほいくえんにいきたくない」
祖母は「そう。なら、行かなくていいよ」と言った。
翌日から、私は本当に保育園には行かず、一日中、祖母と庭で遊んだ。

いつだったか、そのことを母に話したことがある。
おばあちゃんにそう言われてすごく嬉しかったこと、はっきり覚えてる。
母は笑って言った。「ちょうどあの時、引っ越すことが決まっていたからね」

そうじゃないんだ。
そんなことはどっちだっていいんだ。
「もう行きたくない」と言った私に、「行かなくていいよ」と言ってくれた、そのことが。
なんだかうまくやれず困っていた小さな私を、どんなにほっとさせてくれたことだろう。

引っ越した田舎に、祖母はよく来てくれた。
手をつないで山道を歩きながら、草花や虫の名前を教えてくれた。
薔薇の木の下で一緒にしゃがんで、おしゃべりしたときと同じように。


誕生日がくると、細面で美しかった祖母の笑顔を懐かしく思い出す。
母は私には遠く感じられるほど、祖母との思い出が濃い。
だが、大人になってから気づいた。
離れて暮らすようになっても祖母と度々会えたのは
母と姑であった祖母が親しく行き来していたからだったのだと。






「ローズ」という歌がとても好きだ。
弱っているとき、そっと背中を撫で力をくれる。
なんだかうまくやれない「薔薇子ちゃん」を
信じて見守り続けてくれた、祖母を思い出す。





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Commented by saheizi-inokori at 2017-05-06 09:48
夏休みに山梨まで行って祖母と近くの河原を散歩した時に「来年も来ようね、お婆ちゃんが生きていたらね」というのを聴いて無性に寂しくなったことをおもいだしました。
その頃、母がいつかは死ぬということを考えると眠れなくなる日々だったのです。
恥ずかしいけれど、私は英語の歌の歌詞を聞きとれないのです、それでもこの歌が大好きでCDももっています。
今初めて歌詞を見ながら聴いて涙が出ました。
Commented by fusk-en25 at 2017-05-06 18:27
幼稚園の頃に「猩紅熱」にかかり。
休む理由に手を繋ぐと感染すると言われて。
祖母に「誰ともお手てなんか繋いだことない」と答えた私に
「何してなはんね?」と反対に尋ねられて「ご本を読んでる」と。
園内で意地悪こそされた覚えはありませんが
子供の遊びやお遊戯は何もできなくて、子供と交わるのも嫌いで
いつも周囲から隔離?して過ごしていた?ような私を
それを知った祖母が子供と交わるようにと言わずにそのままにしておいてくれたのも救いだったかと。思い出したりして。。。

つい最近まで他者に愛されたいなどとあまり考えずにに生きて来た私。
ここ数年前から、愛されるような人間になりたいと渇望するようになりましたね。
ちょっと遅いかな?ですが。。笑。



Commented by jarippe at 2017-05-06 21:27
拝見していて自分の幼かったころの事
祖母の事 かすかな記憶やはっきりした当時の情景が
いろいろ浮かんできました
私もほとんどの時間を祖母と過ごしていました
母と並んで寝た記憶はありません
この年になって祖母から教えられたことがどれだけ多いか知らされています
それでも母は母ですね 愛しくてたまらない母です
祖母と母と叔母たちによって育てられた実感です
とても無口でいるかいないか分からない・・・とよく言われていました
Commented by kotoko_s at 2017-05-07 08:05
☆佐平次さん
小さい子どもにとって、母親は絶対的な存在ですから、いなくなるなんて考えられないことなのですよね。
孫とおばあちゃん、って相性がいいものなんだなと思います。
親子より、安心してつきあえる間柄かもしれませんね。

「ローズ」、もっと好きな訳詞があったのですが、見つかりませんでした。
自分のお葬式に流してほしいなんて思っていましたが、それを誰かに託すのも相手は厄介かもしれないなと。
聴くたびに涙がこみあげる曲です。
Commented by kotoko_s at 2017-05-07 08:30
☆fuskさん
子ども時代のfuskさんに会ってみたいなあ。
私も友だちと遊ぶより一人で本を読んでいるほうが落ち着く子どもでしたが、小さい頃から目が悪くて、祖母が本の読みすぎじゃないかと心配してました。
弟妹たちが次々現れ、家の中がもっとも落ち着かない場所になって、親の愛情を奪い合ったり、ということも無意識のうちにやっていたのでしょう。長子の私は早く家から離れたかったのです。
どうしたら一人になれるかと考えを巡らすのは、今に至るまで変わっていません(笑)

ごく小さい時期に無条件に包み込まれる安心感を得ることは、とても大事な、必要なことなのですね。
それを与えるのは必ずしも母親でなくても。
私など、祖母にあんなに愛された記憶がありながら、どこでどうひねくれたか、愛されたい、愛されたいと渇望するようになってしまって。
自分が求めてやまないものほど、与える側になってみるといいと言われました。
自然にそれができるひとには本当に憧れますよ。
Commented by kotoko_s at 2017-05-07 09:40
☆jarippeさん
昔は家の中に年取ったひとがいて、忙しい親がわりになってくれたり、人生の機微を教えてくれたり、こっそり甘やかしてくれたりしましたよね。
母はちょっと怖い存在だったので、よけいに祖母を優しい人代表みたいに思いだすのかもしれません。
その母もいつのまにかずいぶん歳をとりました。
母をなくした友人たちはみな一様に「残された時間をできるだけ共に過ごして」と言います。
離れているからすこしゆとりをもって眺められることもあり、たまに行けばその小さくなった背中がせつなくもあり・・・。

私は理屈っぽい子で「私はこう思う」と誰にでも言ってしまい、母によく「控えめに控えめに」と注意されました。
今は多少はおとなしくなりましたが(笑)
Commented at 2017-05-07 12:11
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by kotoko_s at 2017-05-07 17:01
☆鍵コメさん
きっと、同じ星で生まれたんですよ、そう思えて仕方ありません^^
外からはそうは見えないかもですが、さらさらと流してしまえない、うまいことできないんです。
でも、生まれ持った魂の声に耳をすませば、それでいいとも思えて。
今すぐできるかどうかは別としても、好きなことには執着していたい、と最近はますます思うようになりました。
子どもの頃に夢見たことは叶わなかったけれど、好きなことは当時も今も変わりません。
自分の感覚が喜ぶものを大切にして、どんどんシンプルになっていけたら最高だなあと思います。

おかげさまで元気になれそうです。
エッセイ!なんてうれしい。ありがとう~
Commented by PochiPochi-2-s at 2017-05-10 20:52
こんばんは。
私も母が働いていたから、おばあちゃんっ子だったです。
寝るときもなぜかおばあちゃんと二人、一階の奥の間で
寝ていて、両親と弟は2階で寝ていましたね。
小学校は給食がなく、4時間目が終わるとみんな自分の家に
食べに帰っていました。5時間目までに学校に帰ればいいのです。
毎日祖母がお昼ご飯を作って待っていてくれました。
私も小さい時の思い出は、母とのものより祖母との思い出の方が
多いです。祖母は心配性だったが優しかった。母よりもずっと優しかった。それが救いでした。
でも、大きくなってから自由にさせてくれたのは母で、祖母だと
県外に出してくれず、多分今でも生まれ故郷にいただろうなあと
思う時もありますね。
今改めて思い出すと、私にとってはどちらも大切なひとでした。
ご高齢のご両親にできる限り会いに行ってあげてください。
お互い顔を見るだけで十分。喜ばれると思います。
Commented by kotoko_s at 2017-05-11 08:41
☆PochiPochiさん
おはようございます。
PochiPochiさんもおばあちゃん子でしたか。
昔から「年寄りっこは三文安い」とか言われて、甘やかされて育ったからと少しばかにするような言い方をされますが。
私はおばあちゃん子だったこと、よかったと思っています。
私には子どもがいないので母親の気持ちが実感できないところがあるのですが、祖母と孫は、母子より関係にゆるみがあって、お互いに楽、というところはありませんか?
でも、もちろん、母は母ですね。
今にいたるまで順風満帆とはいえない家族ですが、人生の終盤を生きている遠方の両親の笑顔を一回でも多く見たいと思います。
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by kotoko_s | 2017-05-06 09:24 | ある日 | Comments(10)

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