吉野弘の詩から

昨夜のNHK「クローズアップ現代」は吉野弘のことだったので、トーチャンと見た。
吉野弘という詩人に、私は、旧知の先輩のような親しみを感じている。
トーチャンは初めて知って、読みたいというので、もうページも黄ばんだ詩集を出してみた。
番組でその一部を取り上げた、トーチャンが気になった作品とは「夕焼け」である。



夕焼け        吉野弘

いつものことだが
電車は満員だった。
そして
いつものことだが
若者と娘が腰をおろし
としよりが立っていた。
うつむいていた娘が立って
としよりに席をゆずった。
そそくさととしよりが坐った。
礼も言わずにとしよりは次の駅で降りた。
娘は坐った。
別のとしよりが娘の前に
横あいから押されてきた。
娘はうつむいた。
しかし
又立って
席を
そのとしよりにゆずった。
としよりは次の駅で礼を言って降りた。
娘は坐った。
二度あることは と言う通り
別のとしよりが娘の前に
押し出された。
可哀想に
娘はうつむいて
そして今度は席を立たなかった。
次の駅も
次の駅も
下唇をキュッと噛んで
身体をこわばらせて―。
ぼくは電車を降りた。
固くなってうつむいて
娘はどこまで行ったろう。
やさしい心の持主は
いつでもどこでも
われにもあらず受難者となる。
何故って
やさしい心の持主は
他人のつらさを自分のつらさのように
感じるから。
やさしい心に責められながら
娘はどこまでゆけるだろう。
下唇を噛んで
つらい気持で
美しい夕焼けも見ないで。




吉野弘の詩に初めて出会ったのは「I was born」という作品だ。
中学から20歳過ぎまで、私は現代詩とか詩人とかの世界に夢中になっていた。

東京の池袋に「ぱろうる」というような名前の詩の専門店があって
学校帰りに友だちと別れてから必ず寄った。
駅の地下の一角にある小さなその店には
現代詩といわれる詩の本がぎっしり詰まっていた。
私には高かったので、一冊選ぶのにずいぶんと時間がかかったように思う。

手元にある吉野弘は、そこで買った「現代詩文庫12 吉野弘詩集」(思潮社)一冊。
その中で当時、何度も立ち止まって考え込んだ作品が、「雪の日に」。



雪の日に     吉野弘

―誠実でありたい。
そんなねがいを
どこから手に入れた。

それは すでに
欺くことでしかないのに。

それが突然わかってしまった雪の
かなしみの上に 新しい雪が ひたひたと
かさなっている。

雪は 一度 世界を包んでしまうと
そのあと 限りなく降りつづけねばならない。
純白をあとからあとからかさねてゆかないと
雪のよごれをかくすことが出来ないのだ。

誠実が 誠実を
どうしたら欺かないでいることが出来るか
それが もはや
誠実の手には負えなくなってしまったかの
ように
雪は今日も降っている。

雪の上に雪が
その上から雪が
たとえようのない重さで
ひたひたと かさねられてゆく。
かさなってゆく。




吉野弘は1926年、山形県酒田市に生まれた。
雪の降り積む情景を、知っているひとだったのだなと、今あらためて思う。
徴兵検査を受け、入隊の5日前に敗戦。
1926年、といえば、茨木のり子もこの年に生まれている。
詩人も、戦争を知っている世代の人がいなくなっていく。

番組で紹介された「祝婚歌」は、私の持っている詩集には入っていない。
奥付を見ると1980年第15刷とある。第1刷は1968年だ。
「祝婚歌」はその発行より5年のちの1973年、
詩人が47歳のとき、結婚20年目に書かれたという。
有名なのでどこでも読めると思うが、この一節が響く。


正しいことを言うときは
少しひかえめにするほうがいい
正しいことを言うときは
相手を傷つけやすいものだと
気づいているほうがいい



生意気だが、詩というものの本質をも言っているような気が、私にはする。
世界には、詩が必要な気がする。



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Commented by mi-mamam1 at 2015-01-28 20:04
ああ、吉野弘さん。大好きです。
そのテレビ、見たかったです。

合唱組曲「心の四季」の中の雪の日にの出だしは

雪がはげしく ふりつづける
雪の白さを こらえながら

となっています。

雪の白さをこらえながら

雪のような白さはないけれど
自分を欺かないように、こらえて生きていくということかな?

そうですか。酒田の方なのですね。
私には、この歌の雪の重みが今一つイメージできていなかった。
雪の重みを知っているかたの詩ですね。

合唱曲の元になった詩を知ることができました。
ありがとうございます。
Commented by hanamomo06 at 2015-01-28 20:52
おばんです。
お隣山形のすばらしい詩人、吉野弘さん。
そして大好きな茨木のり子さんの同士。
昨日はゆっくり見られないと思って録画。
あとでじっくり見ようと思っています。
詩は難しくて私には理解できないものもあるけど、吉野さんの書く詩は本当にすっと入ってきて、どうしてこんなに表現することが上手なのだろうと感心してしまいます。
Commented by kotoko_s at 2015-01-28 23:24
☆mi-mamaさん
吉野弘さん、大好きでしたか^^ 私もとても好きな詩人です。
合唱組曲「心の四季」、知りませんでした。検索したら雪の日の全部の歌詞がわかりました。元になった詩よりいっそう、降りかさなっていく雪のずっしりとした重みが感じられるように思いました。
雪の白さをこらえる。聞いたときの心の状態によって、色々な受け取り方が出来そうですね。
そうなんです、自分を欺くこと、という考えに、私は最初に読んだときも今も、引っかかっています。内省的なものを促す作品ですね。
酒田は地吹雪がひどいと聞きました。視界が遮られるほどの真っ白な世界は怖いです。
番組では、吉野弘さんの直筆の日記のようなものも紹介されました。再放送があるといいですね。私ももう一度見たいです。
スタジオには和合亮一さんがいらっしゃいました。
Commented by kotoko_s at 2015-01-28 23:48
☆momoさん
おばんです。
吉野弘さん、そして茨木のり子さん、同じ時代を生き、詩を書いたお二人が山形に縁の深い方々だったこと、ちょっと不思議な感じがします。
私は、山形というより、ああ、東北、と思いました。
録画をゆっくりご覧になれたら、ご感想をぜひ!

現代詩といわれるものには日常の言葉とは違うような、難解に感じる作品も多いですよね。
吉野弘さんも茨木のり子さんも、そうではなかったと思います。
そして、深く心を揺さぶられる作品ばかりでした。
Commented by saheizi-inokori at 2015-01-29 21:29
思わずうつむいてしまいます。
Commented by sheri-sheri at 2015-01-31 15:42
詩は、深いものですね。・・・
Commented by kotoko_s at 2015-02-04 11:44
☆佐平次さん
私も、吉野さんの詩を読むと思わずうつむいてしまいます。
Commented by kotoko_s at 2015-02-04 11:52
☆sheri-sheriさん
詩は、ほかの言葉よりいっそう、読んだときの心がそのまま反響するような印象があります。深いですね。
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by kotoko_s | 2015-01-28 11:20 | 読む | Comments(8)

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by haru
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