体を使う

この時期は天気予報を見ながら畑優先である。
今年も秋仕舞いの一大イベント、大根の収穫をした。
お百姓の仕事は中腰じゃないと務まらない。
ああ私には到底務まらない。
「腰痛ベルト」をぎっちり装着して、いざ。


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トーチャンが抜いて、私が葉を切り落とす。
この葉っぱ、昔は干して刻み、少ないコメに混ぜて「カテマンマ」にした。
今はほとんどの葉っぱを畑に返す。


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畑は家のすぐ上にあり、一輪車に積んでトーチャンがおろしてくる。
庭先の「ミジャ(水場)」で私が洗う。
今はいいゴム手袋があるから全然冷たくない。

ちょっと軽いのは、切ってみるとたいてい真ん中に穴が空いている。
いいところだけ切って、これは漬物用。
よいものが100本あった。来年の春まで食べつなぐ。


嫁いできたころは、山の畑でつくっていた。
車に積んで往復したが。
その昔は義母と義父が背負って家まで歩いて運んでいた。



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白菜は、朝露の乾いた午後に収穫する。112個。年々少なくなっている。


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今日はガラス窓に「雪囲い」(冬囲いとも)をする。
降り積もった雪と屋根から落ちる雪で、一階部分はほぼ埋まってしまうから
雪の重みでガラスが割れないようにカバーする。
今は透明なプラスチック板だが、昔は「オオダリ」といって
丈高いカヤを編んで覆いにした。
そのためのカヤ刈り場が山にあって
刈ったカヤに自分の体が埋まるほど背負って何度も往復した。


            *


えーと。実は腰痛の話を書こうと思っていたのですが。
昔のひとのまことに体を痛めつける過酷な労働を思い浮べていたら
なんだかしゅんとしてしまったので、今回はここまでにいたします。

91歳のバア。よく働いてきたね。
すごいね。





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# by kotoko_s | 2017-11-13 04:21 | ある日 | Comments(18)

根っこ

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頬がひやっとして寒い朝。
こんな日はきれいに晴れる。
バアの指令のもと、トーチャンと来年のレタスの苗を植えた。
ゴム長の足の裏が冷たい。
2列で88本。こんなにどうするんでしょう。


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終って、バアはとっておいた苗を親戚に届けに行った。
トーチャンに花壇を耕してもらい、私はチューリップの球根を植える。
今年は半分も咲かなかった。
モグラが掘ったトンネルをネズミが通りながら球根を食べたらしい。
来年はネズミが球根を嫌いになってくれますように。

落ち葉を掃いたり、古い鉢植を整理したりしていると
だんだん背中が暖かくなってくる。
秋の日差しのなんてやわらかなことだろう。


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彼女がこの世にいるかぎり(もう九十歳に近いはずだ)、私はまだヨーロッパに自分の根(ルーツ)をもっている気がする。根、それも主根を。手元の辞書によれば、主根とは「植物の主要な根。通常、側根よりも頑強で、茎からまっすぐ下に伸びる」とある。この根は幼年期の根であると同時に、幼児期の言語の根であり、幼児期に暮らした土地の根でもあると思う。そして私にとっての根はベルギーであり、ポーリーンなのだ。(『70歳の日記』メイ・サートン、みすず書房、2016)


ポーリーンとは、「もう90歳近いはず」と書かれている大切な友人のこと。
メイ・サートンはアメリカ人だが、ベルギーに生まれ、4歳のときに両親とアメリカへ亡命したのだ。


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どんなに長くこの地で暮らしても、私の根(ルーツ)は別にある。
普段そんなことを意識して生活しているわけではないが
時折、「ここではない、どこか」へ行きたくなり
「ここにはない、なにか」が欲しくなる。
それは多分、いいも悪いもない、それが私というものなのだろうから。

でも、もしここに来ることがなかったとしたら。
ずっと住み慣れた都会にいたとしたら。
私の中に太く頑丈な根っこはついに育たず
網の目のように混乱した細い根ばかりで
いつ倒れてもおかしくはなかったろう。

私の遠くにあるはずの「主根」は。
ここで育てられてきたんだろうと思う。



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# by kotoko_s | 2017-11-06 11:13 | ある日 | Comments(13)

四年ぶりの裂き織


新しい機で初めての布を織りました。

秋の野山のイメージ。

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室内ではこれ以上は色が出ないのが残念。
もうちょっとはっきりした色合いです。



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先日、山で見つけたススキ。
使ったのは穂ではなく、茎でした。
赤や紫が入って珍しかったので、裂き布の間に入れてみた。
いずれは褪める色でしょうけれど。


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わが家のぼろさ加減がわかってしまいますが
撮影できる場所がここしかありませんでした。
日本家屋は壁が少ないのが残念です。
左の藍色の布は、4年前に織った裂き織。


実は、大きなものを作るつもりが
糸の計算を間違えたので仕方なく予定変更したのです。
これが正解でした。
タテ糸は在庫を減らすために使った太めの麻糸。
すべるのでタテ糸向きではないことがわかりました。
この機の性格もすこしわかりました。
新しい機はこれまでのものよりさらに軽くて小ぶり。心もとない感じです。
この機に合った織りを考えようと思います。

お世辞にも素晴らしいとはいえない出来となりましたが。
それでもなかなかに可愛らしい。
織っていて楽しかったことが何よりの収穫です。





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# by kotoko_s | 2017-11-03 15:08 | 作る | Comments(14)

山へ

先日たずねた山。

ここは好きな場所のひとつで、以前はよく来たものですが。
このごろは、休みともなると街へ出かけてしまって。
久しぶり。

やっぱり、いいなあ。


山、といっても「登山」するわけではありません。
このあたりで「やま」といったら「畑」とか「里山」を指す。




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ホオノキの葉は茶色くなった。
枯れたものから枝を離れ
風に乗ってゆっくりと舞い降りていく。

空を仰ぐと眩しい。




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とてもきれいなススキを見つけました。
いいことを思いつきました。
まだ秘密です。




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# by kotoko_s | 2017-10-29 22:55 | ある日 | Comments(8)

いい人。


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絵日記のブログで「障子に絵を描いた」と書いたら
それはどんなものかと興味をもってくださった方々がいて
うれしくなってしまいましたが。
正しくは「絵を描いた障子がはまっている」のであって、『新作』ではない。

それは上のようなものです。
描いてからもう6年、ずいぶん色褪せました。
今回、改めて写真に撮ってみて
これを機に色を新たに重ねてみようかな、と思いました。


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思いつくままに描いた野原の上に
トーチャンが「あそべ あそべ 楽しくあそべ」と書いてくれました。
それを眺めていたら、なんだかこのところもやもやしていたことが
大丈夫になったような気がしました。


「いいお嫁さんって言われたいからやってるんでしょ」とか
「いい人やめればいい」とか
愉快じゃない言われ方をしたことが
もやもやのきっかけであった。
「いい人」というのは元来、褒め言葉であろう。
だがそういう言い方が決して私を褒めてないことぐらいわかります。

結婚するときに何度も言われた、先輩の女性の言葉を思い出します。
「ハルちゃん、ゼッタイにがんばっちゃダメだよ」
なんでですか。
「あんたはやりすぎる」
「一度やりすぎたら、次からはそれがあたりまえになっちゃうんだから」
わたし、そんなにやってないですよぅ。
「やってる!わかるの、私と似てるからさあ」


あれから20年。
どうやら私はやりすぎてしまったらしい。
でもそれは「いい嫁」「いい人」と言われたいからではなく
(言われたら嬉しかった、というのは正直ありますが)
それしかやり方を知らなかった、ということなのです。

それでどんどん行ければ悩むこともないわけですが
やはり、私は無理をしていたらしい。
愚痴をうっかりこぼしたら、先の
「いい人って言われたいからでしょ」が返ってきたわけです。


*


こういうことを言われるのは初めてじゃないけれど
今回はなぜかひどく落ち込んでしまいました。
こんなにがんばっているのに
なぜこんな優しくない言い方されなきゃいけないんだろう。

しかし、しばらくして「ハッ!」と気づきました。

がんばっている、ってのがまちがってるんじゃ?!

彼女の言う通りでした。
私が相手のためと思ってしたことは
実は相手のためではなかった。
私が「今度だけ」「今年だけ」「しばらくの間だけ」と思いつつ
黙ってそれらをやっていたことで
相手は私がまさか無理しているとは思いもよらなかったのだ。

最初から「できません」「実はやりたくない」「半分ならしましょう」など
ホンネを伝えていれば。
相手は怒るかもしれないけれど
私の正直な気持がわかったはずなのです。

私は相手のためにしていたわけではなかったのでした。
「できません」と言えない自分の弱さ。
やっぱり私は「いい人」と言われたかっただけなんだな。
喧嘩が嫌いで、ひとが感情的になる場を避けたくて
自分が我慢してすむことならいくらでも我慢すると思ってきた
あのちいさな私がまだここにいたんだな。
我慢しているから、時々爆発しちゃうんだな。

若い友人の率直な言葉に、初めて感謝することができました。






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さて、今日はそんなこんなで気分が晴れました。
空も明るい、光に満ちた朝。
「お天気やさん」とはよく言ったものです。

古着の処分をしました。
処分といっても、できることなら再利用したい。
織物のヨコ糸を作ります。



綿100パーセントのボーダーカットソー。
胴体部分を二つにたたみ、たたんだ輪のほうからはさみを入れます。
上は少し残して。
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開くと、上下がつながった状態になっています。
端から2本ずつ、つながっていくように切り離していく。
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指で引っ張っていくと
生地が内側にくるんと丸まって、丸い紐状になります。
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タテ糸に織り込んでコースターや小物入れに。

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機(はた)がなくても、ダンボールを簡易織り機にして
小さな楽しいものが作れます。

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くよくよしやすくてイヤになっちゃうことも多々ありますが。

「あそべ あそべ 楽しくあそべ」

これ以上「いい人」にならないよう気をつけて(笑)
こころはいつも
自由でいられることを忘れずに。







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# by kotoko_s | 2017-10-24 22:17 | 作る | Comments(16)

 あれこれ


by haru
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