行く場所・帰る場所

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久しぶりに実家へ行ってきた。
数日留守にしただけだが、ずいぶん長く離れていたような気がする。
新幹線2本、在来線を2本、3回乗り換えて
最寄の駅からは予約しておいたデマンドバスで家路につく。
会津に入ったとたん、列車の窓から青空が消え
空も大地も境目のない雪景色に変わる。
ああ、帰ってきた、と思う。

私の地域は数年前にタクシーがなくなった。
乗車する人の減っていく路線バスを整理して
デマンドバスが地域をこまめに巡っている。

実家も相当な山の上にある。
父と母が住み始めた30年ほど前に較べると
人口はずいぶん増えたのに生活は奥会津より不便なのだ。
市街地に下りればデパートも大きな映画館も病院もあるのだが
昔、別荘地だった両親の住む地域はいまだ生活圏と見做されていないのか、
バス停もゴミの集積所も、歩いていける距離にはない。
いつも支えてくださるご近所の方々がいなかったら
何もかも不自由になった両親は彼の地にはいられない。
二人だけの生活がいつまで続けられるか心配は尽きないが
今はこうしてできる限り行くこと、毎日電話で話すことが私にできること。



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実家にあった雑誌『婦人之友』で
羽仁もと子の言葉を読んだ。

「自由の翼をのべて」

行き詰まった世界を、果しない天が掩(おお)っている。凍る大地を、かえって親しげに日光が見舞ってくれる。新しい年が贈られて来る。行き詰まっているものは、天を仰いで慰めを得よう。凍る大地のみを眺めずに、暖かい日を見よう。

きのうのままである事実を以て、われわれの持つ事実の全部だときめているのは、地を見て天を見ないのです。すべての粉飾をすてて赤裸々な冬の大地のような気持になって、天の光を慕いましょう。

さびしい枝に春が返り、冷たい土が暖められて、いろいろな芽を出すように、沈滞の中に死んでしまったような姿の中に、復活の力が脈々として動いているのは我々の生命です。きのうのままに見えているさまざまの事情も、祈って待つものには、たしかにそれが希望に向って動いています。

(『自由・協力・愛』1934、抜粋)


羽仁もと子は1873年、青森県八戸生まれ。
日本で最初の女性新聞記者であり、のちに『婦人之友』を創刊、自由学園を創立した。
彼女の言葉は、雪深い東北の生まれであることと無関係ではないだろう。

「行き詰まっているものは、天を仰いで慰めを得よう。凍る大地のみを眺めずに、暖かい日を見よう。」

ほんとうにそうだ。


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帰りの列車に揺られながらいろいろな思いが湧いてくる。
車窓をすっぽり覆う雪は、もう馴染んだ風景なのだ。
20年暮らしたこの土地が、私の「帰る場所」になっていることを
今更ながらあらためて思う。
この地の冬が年々辛くなっているので
やがては親の近くへ行きたい、と考えたこともあったけれど。

この地に来なかったら
きっと私はすべて知らないままだった。
暗い雪の日々、閉塞感にこんなに息苦しくなることも
春を待ちわびるちいさな明かりのような気持を頼りにすることも
大雪のあとの青空の、泣きたくなるような美しさも。



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今、ここになすべきことや守りたい人がいて
遠くにもまた大切なものがある、それは幸せなことだろう。

凍りついた大地を知ってよかったと思う。
曇天の向こうにはいつも光が待っていることを教えてもらって。




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# by kotoko_s | 2018-02-09 17:17 | ある日 | Comments(12)

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晴れた!


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トーチャンが玄関前から
台所の窓まで覆っていた雪を飛ばしてくれる。
屋根には雪がまだ残っているので
私は見張り番をしながら
バアのソリの道をゆるやかなスロープにする。
汗びっしょり。


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遠くの屋根に人がいる。
1階の屋根の雪を下ろしているのだ。
今朝はムラ中、「雪かたし」。
あちこちから除雪機の音が響く。


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お隣さんまでカンジキで踏みながら道を作っている。
冬はおちおち留守にできない。
自分の家だけでなく、ほかの人に迷惑をかけるからだ。


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予報では曇りのち雪だった。
思いがけない青空に嬉しくてたまらない。
光はまだごくやわらかく頼りなげだが
ありがたくていつまでも浴びていたい。
久しぶりのお天道様。
ありがとう。



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# by kotoko_s | 2018-01-28 10:07 | ある日 | Comments(12)

「冬の薔薇」

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東京方面の大雪が過ぎたら、今度は日本海側で降りだした。
ここしばらく降らなくて大助かりだったが
昨日から降り止まず昼前までで70センチ余りの積雪。
もちろん、すでに60センチは積もった上である。
東京の大混乱をテレビで見ながら、バアが
「いいわい、まんべんなく降るのは」と言うのもお許し願いたい。



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廊下のガラスは、上のほうだけ雪囲いをしていない。
そこから覗く外の世界。
暗い。


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「イヤだなあ。やめるかなあ」とさんざん悩んだ末に
「やっぱり友だち来てっかもしんねぇから」
とデイサービスに出かけていった義母。
ソリに乗っけて、トーチャンが表に停まっている車まで引っ張っていった。
バアも、家にいてもつまらないんだよね。

私も出かける予定があったが、この雪では無理は禁物。
私にとって1月は一年で一番長い月だ。
雪と寒さと曇天の、重く暗い毎日がずしっとのしかかって
どうにも気が塞いでしまう。
でも、どうにもならないことを恨んでも始まらない。
なんとか元気を出そう。
何かいいものはないか、と本棚を眺めてみる。


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小林凜君の俳句。「冬」の頁を開く。

肩並べ冬のアイスに匙ふたつ(10歳)

夕日射し冬の一日を回収す(11歳)

オペ受けて麻酔切れたり冬の空(10歳) 

生き延びろ目白の尾羽雪まとう(11歳) 

 (『ランドセル俳人の五・七・五』、ブックマン社、2013)


残されて一人たたずむ雪だるま(11歳)

冬の蜘蛛助けていつか銀の糸(9歳)

休学中冬野に二人と一匹が(9歳)

冬の薔薇立ち向かうこと恐れずに(12歳) 

 (『冬の薔薇立ち向かうこと恐れずに』、ブックマン社、2014)


『ランドセル俳人の五・七・五』の最初に、凜君の言葉がある。

 この日本には、いじめられている人がたくさんいる。
 僕もその中の一人だ。いじめは一年生から始まった。
 からかわれ、殴られ、蹴られ、時には「消えろ、クズ!」とののしられた。それが小五まで続いた。僕は生まれる時、小さく生まれた。「ふつうの赤ちゃんの半分もなかったんだよ、一キロもなかったんだよ」、とお母さんは思い出すように言う。
 だから、いじめっ子の絶好の標的になった。危険ないじめを受けるたびに、不登校になってしまった。そんな時、毎日のように野山に出て、俳句を作った。
「冬蜘蛛が糸にからまる受難かな」
 これは、僕が八歳の時の句だ。
「紅葉で神が染めたる天地かな」
 この句は、僕のお気に入りだ。
 僕は、学校に行きたいけれど行けない状況の中で、家にいて安らぎの時間を過ごす間に、たくさんの俳句を詠んだ。僕を支えてくれたのは、俳句だった。不登校は無駄ではなかったのだ。いじめから自分を遠ざけた時期にできた句は、三百句を超えている。
 今、僕は、俳句があるから、いじめと闘えている。



凜君の俳句を読んでいるうちに、ふうっと胸が広がるような気持ちになった。
いい歳をして、ダダをこねている自分が恥ずかしくなってきた。
トーチャンは鼻歌まじり、除雪機で雪を飛ばしてくれている。

重かった腰を上げて、白菜を漬ける。
立春まであとひといき。
雪のない大都会からやってきてまもなく24年。
とにもかくにもなんとかやってきたじゃないか。

こころの中に育てたい、真冬に凜と咲く、私の薔薇。



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# by kotoko_s | 2018-01-24 15:22 | 読む | Comments(10)

夢中

テレビで、鹿児島の福祉施設「しょうぶ学園」の人たちの作品を見た。

4年をかけて重厚な刺繡がほどこされたシャツは
糸の重みで片袖が抜けている。
これを創った作家は幼い頃から
自分で決めた規則的な色彩の配列に従った絵を描いていた。
シャツ全体を埋め尽くすように刺されたリズミカルな色。

ある作家は、自分の作品を「ネコ」と呼ぶ。
布に色とりどりの糸を刺しては小さくくるみ、また刺し、を繰り返す。
時にビーズなどを加えながら、それをさらに布や糸でくるんでしまう。
幾重にも包まれた小さなお守りのようなかたまり。
そこからはみ出す鮮やかな色彩の渦が美しい。

「玉止め」にこだわる作家は。
淡い色糸に無数の小さな玉止めを結んでいる。
それは無限に増殖し続け、どこで完成となるのか見当もつかない。
繊細な玉止め糸に縫いとめられた薄い布きれが、
大海原に浮かぶ小舟のように、部屋いっぱいに広がってゆく。


私はこの番組を途中から見て、釘付けになってしまった。
彼らは一日中、自分の世界に夢中になっている。
ただひたすら表現している。圧倒された。

私たちの日常は「すべきこと」に溢れている。
「やりたい」より、「しなくちゃいけない」ことのほうが優先されている。
もちろん、家族や社会のために力を出すことはいいことのはずだが
ほんとうに無心になって自分自身のためだけに
生きている瞬間がどれほどあるだろう。

彼らの作品を見ながら
私は懐かしさのような熱い気持ちでいっぱいになった。
あそこに帰りたい。
たぶん、ごく幼いころには私もそうだった。
自分のしていることに意味など見つけようとしないで。
作品にするための意図も努力もなく
ただ内側から湧き出てくるものに夢中になっていたはずだから。


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色とりどりのボロを織り込んでいるとき
こころが浮き立つ。
作品を仕上げることは実は結果でしかなくて。
ただ、今、こうして織っていること、この色、この色、と
積み上がってゆくものの中に自分がすっぽり入っていることが嬉しい。

こんな時間を、もっともっとたくさん持とうと思う。
私にとってものをつくったり絵を描いたりすることは
何より自分自身になれる時間なのだから。




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# by kotoko_s | 2018-01-08 22:33 | 作る | Comments(16)

マタタビザル

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吹雪の翌朝、雲間からうっすら日が差し始める。
嬉しくて山を下りた。
雪景色がとてもきれいなので途中で写真を撮ったけれど。
どんなに明るく見えても光が足りないなあ。


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除雪車の通ったあとはツルツルだから、緊張しながらそろそろと。
昨年植えられた桐の苗が何本もすっくと立っている。
ここは数年前まで杉木立だった。
間伐されなくなって大きく育ちすぎた杉が光を遮って
この坂道はいつまでも雪が消えず今よりもっと怖い道だった。
だから広々と明るくなり、雪も早く消えるようになって嬉しい。

でも、ここを離れた人たちはたまに訪れると
「あの杉山がよかったのに」と惜しむのです。
郷愁って、そんなものなのかもしれません。

毎冬、大雪で倒れた杉が電線を切って停電になっていたので
電柱は道端に移動されました。
景観は損なわれるけれど、停電のたびに雪を漕いで山奥へと入っていった
工事の人たちのご苦労が少しは楽になったのならいい。


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トーチャンは除雪の合間にマタタビ蔓のザルこしゃえ(作り)。
長い冬は「てわっさ」の季節だからね。


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縁はクマゴヅルを入れてしっかり編む。
蔓などの材料はその季節に山へ行って採集します。
ひと冬に作れる分だけ。


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ふたつ完成しました。
家の中で一番明るい場所で撮ったのですがぼんやり。残念。
みかんやお菓子を盛るのにちょうどいい大きさのめごいザルです。
出来たては白っぽいけれど、使っているうちにあめ色の艶が出てきます。
竹細工より柔らかな手触りで水切れがよく、マタタビザルは台所でも大活躍。


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下は義母が昔編んだマタタビザル。
ほしいという人もいたけれど、息子が買い取って家に置いてくれて本当によかった。
こんなに見事な仕事はもうなかなか見られません。
豆や野菜を入れて今も現役。わがやの自慢です。


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# by kotoko_s | 2018-01-04 13:55 | 作る | Comments(20)

奥会津に暮らす


by haru
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